岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の八
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『蹇蹇録』 其の八  岡崎 久彦


列強が自らの勢力範圍を擴げむと互ひに虎視眈眈たる十九世紀帝國主義の眞只中に、陸奧の如き積極的意圖を以つて事に処すれば、列強の干渉は不可避なり。
「干渉の端緒は露國より啓(ひら)かれたり」 ロシアは日本に撤兵を要求し、日本がこれを「拒まるるにおいては、日本政府は自ら重 大なる責に任ぜらるべき事を忠告す」と「嚴れい*(げんれい)」なる公文を送付し來たれり。

陸奧は伊藤を「私邸に訪ひ、默然一言を發せず」公文を示せり。伊藤は「一讀の下、沈思やや久しくして後靜かに口を開き」「今更 どうして撤兵できようか」と言へり。

陸奧はこれに同意し、匆々辭去し、閣議の決定前なれども、伊藤と陸奧の決心を駐露日本大使に電報をもつて告げ、駐英大使にも事 前の通告、根まはしをなすやう電報を打てり。陸奧は當時を囘想して言ふ。


「嗚呼、今追想するも、なほ悚然(しようぜん)膚に粟するの感なき能ざるなり。けだし、伊藤と余との面談は實に兩言にして定まれり。默諾の間彼此意見の同じきを見たり。もし當時余と伊藤の意見相異る・・・とせば、事局如何に變轉したるべき乎。今日我が國が世界に誇耀する勳績、光榮は猶これを得たるべしとする乎。」


* 「嚴れい」の「れい」の字は(注:文中に縮小して表示させると、文字が崩れてしまうため、欄外に表示しました。)

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