岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の七
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『蹇蹇録』 其の七  岡崎 久彦


陸奧の日本單獨による朝鮮改革論は、日本世論の全面的支持を受けたり。


「そもそも我が國の獨力を以つて朝鮮内政の改革を擔任すべしと の議の世間に表白せらるるや、我が國朝野の議論、實に翕然一致し、 その言ふ所を聞くに概ね朝野は我が隣邦の友誼に對しこれを扶助す るは義侠國たる帝國としてこれを避くべからずと言はざるなく、そ の後兩國已に交戰に及びし時に及んでは、我が國は強を抑へ弱を扶 け仁義の師を起すものなりと言ひ、殆んど成敗の數を度外視し、こ の一種の外交問題を以つて恰かも政治的必要よりもむしろ道義的必 要より出でたるものの如き見解を下したり。」


ここにおいて、陸奧はシニカルなまでに冷徹なりき。


「余は固より・・・毫も義侠を精神として十字軍を興すの必要を 視ざりし。」「我が國の利益を主眼とするの程度に止め、これが ため敢へて我が利益を犧牲にするの必要なしとせり。」「また朝 鮮の如き國柄が果して善く滿足なる改革をなし遂ぐべきや否やを 疑へり。・・・しかれども我が朝野議論が・・・とにかくこの一 致協同を見たるの頗る内外に對して都合良きを認めたり。」


かくして陸奧は、この内政改革案を「陰々たる曇天を一變して一 大強雨を降らすか一大快晴を得るかの風雨針として、これを利用し たり。」とて、内心世論の動向に會心の笑みを洩らせり。

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