岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の三十四
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『蹇蹇録』 其の三十四 岡崎久彦


干渉の經緯につき陸奧自身の觀る所以下の通り。


「露國は始めより我が國を敵視し清國に同情を表し居たりとは見えず。・・・けだし 露國元來の慾望は遠大なるべけれども、即今未だその準備の整頓せざる折からなるが 故に、目下の急務は東方のこの區域をしてともかくも現形勢(スタチュコー)を存續 せしめ、他日その大望を達すべき局面に何らの障碍をも貽(のこ)さざらんことを期 したるが如し。」「また最後の勝利は清國に歸すべく、東方現形勢上著しき變更を生 ずべきほどの事なかるべし、と思ひ居たるならん。」


戰時中、露國より再度にわたり意見交換の提議あり。「もし我より今一層進んで胸 襟を披(ひら)き百事を打ち開け内議の端緒を啓きたらんには、或いは將來東方の局 勢上頗る面白き結果を得たるべき乎、或いは彼我の利益早くも衝突してよつて當時既 に外交上の葛藤を生じ噬臍(ぜいぜい・ほぞを噛む)の悔いを貽したるべき乎、今に 至りこれを推測臆斷するは畢竟葬後の醫評に類する業なるべし。」いづれにしてもこ の二囘の接觸は露國側にとりて「隔靴の憾みありしに相違なく」「爾來露國の政略は ただその外交の後援たるべき強力を支那、日本海に集合することをのみ急としたる如 し。」そして三月駐米栗野公使が米國務長官の内話として急電せし所によれば、「近 來露國の慾望は非常に騰昂し、清國の北部及び滿洲を占領せん事を希望し、・・・三 萬の露兵は既に清國北部に駐屯し、・・・遂に日露兩國の利害衝突するに至る事有ら ん。」と。そして「下ノ關條約が一囘世上に顯はれ獨佛兩國との提挈(ていけい)成 るや、彼らは猛然假面を脱却し爪牙を暴露し來りたり。」


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