岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の三十一
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『蹇蹇録』 其の三十一 岡崎久彦


伊藤及びその他閣僚は、ロシアへの抵抗は諦むるも、面子上、列國會議を開きこれに委ぬるの案を主張せり。これに對して陸奧は、その分析の犀利さを囘復して論ず。「一度列國會議に附するにおいては、列國各々自己の利害を主張すべきは必至の勢ひにして、會議の問題果して遼東半島の一事に限り得べきや、あるいはその議論枝葉より枝葉を傍生し各國互ひに種々の注文を持ち出し、遂に下ノ關條約の全體を破滅するに至るの恐れなき能はず、これ我より好んで更に歐州大國の新干渉を導くに同じ非計 なるべし。」


しかして、伊藤以下、陸奧の説を「然りと首肯したり。」國家の命運危機一髮にかかるの秋、閣臣皆何のこだはりもなく國事を論じ、中正妥當なる結論に達するの度量、識見を失はず。國家興隆期の士氣の高さを示してあまりあり。


結論として「もし今後露、獨、佛三國との交渉を久しくする時は清國あるいはその機に乘じて講和條約の批准を放棄し、遂に下ノ關條約を故紙空文に歸せしむるやも計られず、故に我は兩箇の問題を確然分別して、彼我相牽連する所ならしむべきやう努力せざるべからず。これを約言すれば、三國に對しては遂に全然讓歩せざるを得ざるに至るも、清國に對しては一歩も讓らざるべしと決心し、」その後、文字通り「一直線にその方針を追うて、」清國をして下ノ關條約批准に至らしめ、その方針を完遂せしめたり。


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