岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の参
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『蹇蹇録』 其の参  岡崎 久彦


「日本政府は最初より被動者の地位に立つも、萬やむをえざれば最後の手段を施すに躊躇せざるの決心ありしにかかはらず、清國は日本および朝鮮を威嚇するに先づ聲を以てし、これに次ぐに形を以てすれば足れりとし・・・到底これを干戈に訴へざるを得ずとの決斷を欠きたるものの如し。」


 わづか二行で中國の傳統戰略とその欠點を喝破したり。まづ聲を大にして、我は正、敵は邪と呼號して敵の士氣を奪ひ、次に軍の威容を示して敵の戰意を喪はしめ、鬪はずして勝つが中國戰略の基本なり。しかれどその裏にて眞の戰意欠くれば、ただのこけ威しと墮する。
 まことに、これが日清戰爭開戰時の清國側の、不手際なる對應の主因をなす。
 歴史家王芸生、後に嘆じていはく、「清國側の事理は明白なるが(理は明らかに清國側にあるが)、奈何(いかん)せむ日本は已(すで)に戰爭を決心せるため、一片の公文を以ては事態を變へられえず」と。


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