岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の二十八
推奨環境:1024×768, IE5.5以上




『蹇蹇録』 其の二十八 岡崎久彦



馬關條約の各條件は、小中學校教科書も已にこれを記載する所なり。こゝに詳述す るの要なし。たゞし、その結果には關係なかりしも、交渉中の遼東割讓に反對する清 國側の言辭の中に見るべきものあり、これを記す。


「そもそも數千年、國家歴代相傳の基業たる土地を一朝割讓する時は、その臣民たる 者、恨を飮み冤(ゑん)を含み日夜復讐を圖るは必然の勢ひなり。況んや奉天省は我 が朝發祥の地にして、その南部を以て日本國の所有とし海陸軍の根據となる時は、何 時も直ちに北京を衝くを得べきをや。清國臣民たるものにしてこの條約文を觀れば必 ず言はん。日本國は、久遠の仇敵たらんと欲する者なりと。清國臣民勢ひ必ず嘗膽坐 薪、復仇これ謀るに至るべく、東方兩國、同室に戈を操(と)り永久怨仇となり、互 ひに相援けず、適々(たまたま)以て外人の攘奪を來すあるのみ」


言辭誠に巧みなりといへども、戰局はかゝる論議を以ては變へ得べくもなき趨勢な りき。日本側は言ふ。


「もし不幸にして談判破裂するの曉においては、一命の下に我が六、七十艦の運漕 船は更に増派の大軍を搭載して舳艫相銜み直ちに戰地に繼發すべし、果してしからば 北京の安危また言ふに忍びざるものあり。なほ酷言すれば、談判破裂して清國全權大 臣が一囘この地を退去する後再び安然北京城門を出入し得るや否やまた保證せざる能 はざるほどなり。これ豈(あに)吾人悠々會商の日子を遷延する秋(とき)ならん や。」嗚呼、哀れむべし、大勢已に決せり。


▼「蹇蹇録」其の二十九へ
▼「侃々院」表紙へ戻る ▼「文語の苑」表紙へ戻る