岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の二十四
推奨環境:1024×768, IE5.5以上




『蹇蹇録』 其の二十四 岡崎久彦



割地、償金等、講和交渉の諸條件については、すでにして政府部内において成案を得、伊藤博文總理これを奏上す。


吾人かねてより思ふ。伊藤の文章は、いささかの虚飾もなく、平明にして文意暢達、明治文語文中の珠玉なりと。ただ本文は長文なれば、諸條件の部分は省き、それが外國の干渉に遇ひし場合を豫想して事前に留保し置きし部分のみ拔萃して掲ぐ。


「その干渉の如何なる性質なるべきや、また如何なる度合なるべきやの點に致りては假令如何なる賢明なる政治家といへども固よりこれを豫測すること能はざる所にして、殊に他國をして毫も干渉せしめざるべしとの保證をなすこと尚更能はざるなり。 時機を察し外交上の手段に依り、弛張操縱その宣を得るを努むる事は勿論なるべけれども、各強國が執る所の政略方針に至りては、樽俎の間にこれを他に轉ぜしむる事能はざる例往々多きが故に、萬一かかる干渉の來り試むる事ある時は、右第三國の意向を斟酌して清國に對する我が條件を多少變更せざるを得ざるに至るべきか、またはむしろ更に他の強國を加ふるもあくまで我が廟算のある所を維持して動かざるかに至りては未來の問題に屬すれば、その時に應じて更に評議を盡くすべき事とす。」


周到にして柔軟、來るべき三國干渉、遼東還付に至る國難の到來に對して、已にして廟議をして心の準備をさせ置きしものなり。


▼「蹇蹇録」其の二十五へ
▼「侃々院」表紙へ戻る ▼「文語の苑」表紙へ戻る