岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の弐
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『蹇蹇録』 其の弐  岡崎 久彦


「 廟議既に此(かく)の如く決定したり。然れどもこれを實地に執行するに及びては時に臨み機に投じ國家の大計を誤るなきを期せざるべからず。 ・・・我はなるたけ被動者たるの位置を執り、毎(つね)に清國をして主動者たらしむべし、またかかる一大事件を發生するや外交の常習として必ず第三者たる歐米諸國の中(うち)互いに向背を生ずることあるべきも事情萬やむを得ざる場合以外は嚴に時局を日清兩國の間のみに限り、努めて第三國の關係を生ずるを避くべし。」


 東學党の乱鎭圧に手を燒きし朝鮮政府が清兵來援を乞ふの情報に接するや、陸奧は、その日のうちに閣議に出兵を決めさせたる上勅裁を得て、派兵、輸送、軍需の指令を出す。かうして陸奧は日清戰爭の全政局、戰局を通じて、敵と第三國をして迅雷耳を掩ふ暇を与へず、先手先手を取る。
 しかもその間、半世紀後、ローズベルトの「日本側に最初の一發を射たせむ」と同工異曲の戰略を策定し、また、列強の干渉はいづれは来るにせよ、自分から「門戸を開いて豺狼(さいらう)を迎へる」ことを厳に警(いまし)め、それを閣議に了承させ「日清交戰中、我が政府は始終以上の主義を以つて一貫させむ」とした。その間の陸奧の処置、悉く、迅速、周到なる哉。


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