岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の十六
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『蹇蹇録』 其の十六 岡崎 久彦





駐朝鮮大島公使は、従来、「この難局(即ち日本が派遣したる 大軍が立ち枯れとなる事態)に當るを以て、ともかくも宗屬問題に 藉り破綻を促すの外、他策なしと荐(しきり)に主張したり。」 陸奧は、諸外国の反応と閣内の愼重論を考慮し、大島に対し穩健の 策を訓電せしも、大島は「何らの口實を使用するも差支へな し」の既着の電訓に拠り、自らの所信を実行に移したり。


即ち、大島は「屬邦の保護の名を以て清軍が永く朝鮮國内に駐 在するは朝鮮の獨立を侵害するものなれば、速かにこれを驅逐すべ し」と朝鮮政府に期限つきの通牒を以つて要求し、その囘答不滿 足をもつて、「斷然王宅を圍むの強手手段を施したり」と電報し、 日本兵を以つて王宮を制圧し、朝鮮国国政及び改革の全権の委任を 受けたり。


かくして穩健の策の電訓は「十日の菊となれり」。しかし、そ の後牙山、成歡の戰捷あり、「大島公使の高手的外交手段はその 實效を奏し、朝鮮政府は全然我が帝國手中の物となりたりとの快報 一時にわが國内に傳播し、またかの歐米各國政府も日清の交戰實存 の今日となりては容易に容喙干渉すべき餘地」なきに至れり。


大島の行動必ずしも訓令違反といふべからず。蹇蹇録のこの条 (くだ)りの行間を見れば、日清開戰の強行策は、陸奧、大島の阿 吽の呼吸によるものなること自ら窺知すべきものあり。


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