岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の十五
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『蹇蹇録』 其の十五 岡崎 久彦





英国との条約改正は成功せるも、その後旅順口占領に際しての虐 殺報道は、米国との条約改正の上院批准の障碍となれり。


米新聞は、「日本国は文明の皮膚を被り野蠻の筋骨を有する怪獸 なりといひ」「何事にても輿論の向背を視て進退する敏速なる米國 の政治家は、・・・やゝ日米条約を協贊するに逡巡したり。」 陸奧の 炯眼なる、米國が世論の国なることをすでに百年以上前に喝破せり。


陸奧、駐米栗野公使に電訓して曰く、「旅順口の一件は風説ほ どは夸大ならずといへども多少無益の殺戮ありしならん。しかれど も帝國の兵士が他の所においての擧動は到る所常に稱贊を博したり。 今囘の事は何か憤激を起すべき原因(在留邦人の割斷せられたる死 屍あり)ありしことならんと信ず。被殺者の多數は無辜の平民に非 ずして清兵の軍服を脱したるものなりといふ。かかる出來事より更 に許多の流説を傍生せざる内に貴官は敏捷の手段を執り、一日も早 く新条約が元老院を経過するやう盡力すべし。」 論点悉く、後の南京事件と符節を合はせるが如し。南京事件の際 の日本政府にして、米国世論に対するこの種の認識、この種のマスコミ対策なかりしを惜しむ。


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