岡崎久彦 - 蹇蹇録 - 其の十二
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『蹇蹇録』 其の十二 岡崎 久彦


ここに陸奧は、日清戰時外交における彼の好敵手李鴻章の人物月 旦を試む。


「ここに單簡に彼が品質に對して注解を下せば、彼は豪膽逸才、 非常の決斷力を有すと言はんよりは、むしろ怜悧にして奇智あり、 妙に事機の利害得失を視て、用捨、行藏するの才氣ありと言ふの 適當なるに若かず。但し彼が平素外國の他人に接するや、他の一 般清國人が何事にも區々たる虚儀に拘(こだは)り左顧右眄する に似ず、常に放逸不羈、無頓着にその言はんと欲する所を言ひ、 その往かんと欲する所に往くが如き風采あるを以て、歐米外國人 の中には彼を目して世界稀有の一大人物なりと過贊する者あるに 至りたり。」


一見豪放磊落、大人物の如くして、内實は細心、計算高い人物 は間々、世にあり。陸奧は李鴻章をつとにその種の人物と見拔け り。日清戰間の折衝を通じて、李鴻章が屡々大なる決斷を欠き、 智略、小策を弄して事態を糊塗せんとするも、陸奧の決斷力の前 に後手後手にまはり、遂に大清帝国の国を誤りしも、むべなりと 言ふべし。陸奧の觀察眼、何ぞ犀利なる。


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