侃々院>[近衞上奏文]解説 市川 浩
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近衞上奏文解説 市川 浩



■第十四囘


 戰爭終結ニ對スル最大ノ障害ハ滿洲事變以來今日ノ事態ニマテ時局ヲ推進シ來タリシ軍部内ノカノ一味ノ 存在ナリト存候。彼等ハ已ニ戦争遂行ノ自信ヲ失ヒ居ルモ、今迄ノ面目上飽クマテ抵抗可致者ト存セラレ候。


 「障害」は戰後の宛字、「障礙」または「障碍」、「戦争遂行」の「戦争」は略字、「戰爭」。 「存セラレ候」、「存候」にて十分なる前述の如し。


 「軍部内ノカノ一味」、敢て名指せざるもゾルゲ・尾崎機關と通じたる、又はこれに操られたる軍人にて軍部内にて勢力を有する者、 當時の樞要にあれば、一讀判明したるものなるべし。


 モシ此ノ一味ヲ一掃セスシテ早急ニ戰爭終結ノ手ヲ打ツ時ハ右翼、左翼ノ民間有志、此ノ一味ト響應シテ、 國内ニ一大混亂ヲ惹起シ所期ノ目的ヲ達成シ難キ恐有之候。從テ戰爭ヲ終結セントスレハ先ツ其前提トシテ此一味ノ一掃カ 肝要ニ御座候。


 「所期の目的」は當然「戰爭終結」なるも、この文脈にては「此の一味の目的」の意ともなるゆゑ、 「惹起し」の後へ句點竝びに「爲に」を補ふ工夫あるべし。「終結セントスレバ」、この場合正しくは「終結セントセバ」とすべきところ。


 此ノ一味サヘ一掃セラルレハ、便乘ノ官僚並ニ右翼、左翼ノ民間分子モ影ヲ潜ムヘク候。 蓋シ彼等ハ未タ大ナル勢力ヲ結成シ居ラス、軍部ヲ利用シテ野望ヲ達セントスル者ニ外ナラサルカ故ニソノ本ヲ絶テハ枝葉ハ 自ラ枯ルルモノナリト存候。


 「絶テハ(てば)」も「絶タハ(たば)」とすべきところ。


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