加藤淳平 - 日本の文化傳統、如何にして切斷せられしや(後篇)- 十二
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日本の文化傳統、
     如何にして切斷せられしや(後篇)
                  加藤淳平


十二 「先進國」日本


 「先進國」なる言葉と概念、日本國内に急速に廣まりぬ。この言葉の最も人口に膾炙せるは、言論機關の報道と教育の場なりき。「戰後思想」の深く浸透せる言論界と教育界は、日本を歐米より遅れたる「後進國」とせり。茲に日本、歐米と同等の「先進國」なりとの見方の導入せられ、如何に日本人の失はれたる自信を回復せしめたるや、想像に難からざるべし。


 此の見方、「戰後思想」と矛盾せず。敗戰と占領軍の實施せる改革、日本をして、戰前に至る「前近代的」政治・經濟體制を變革せしめ、歐米と肩を並ぶる「先進國」とす。今や日本は發展し、社會構造亦歐米に近付く。發展の遅れたる亞洲、日本と共通點無き異質の國と、感ぜらるるに至れり。


 「先進國」と「後進國」の言葉と概念、現在の國際社會にては、差別用語とせらる。差別用語なれば「先進國」、即ち advanced countriesは developed countriesに、「後進國」、即ち backward countriesは developing countriesに變更せらる。日本にても「後進國」の語、今は使はれずして、「途上國」の語汎用せらる。


 されど日本にありては、「先進國」の語の使用續けり。developed countries の翻譯語なる「開發國」、「發展國」、人口に膾炙せず。日本人に、「先進國」の語の、差別用語なりとの意識無し。單なる「工業國」の意味なる英語のindustrial countries、日本語にては「先進工業國」と翻譯さる。現代の日本人、斯く「先進」なる語に固執するは何の故ぞ。


 「先進」の二字への日本人が固執、日本人の心理の暗部を照射するに非ずや。敗戰と米軍占領に因る自信喪失、日本人の心に如何に根深かりしか。戰後の日本人、日本は「先進國」なりと意識し、辛うじて自信を回復せり。されど疑ふべし。差別用語を使用し、自らを歐米と共に高く、亞洲等の途上國を低く見て得られたる自信、眞の自信なりや。


 戰後の日本人、日本の「先進國」なるを意識し、自らに誇りを持たんとす。然れども誇りも自信も、自らの内部より湧出るに非ず。自らの國と文化に、自づからなる自信あるに非ず。外部、即ち歐米の評價に依存するのみ。日本に誇りと自信を持たんとするも、歐米に對したる劣等感、亞洲等に對したる蔑視を脱し得ず。自らに誇りと自信を持たんとせば、對歐米劣等感、亞洲蔑視共に強まるを如何せん。


 斯て我等日本人、歐米人に評価せらるるに非ずば、自らを評価し得ざる悲しき習性を身に附けたり。


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