逆旅舎>王蒼海:維納(ヰ゛ーン)故事 第八回
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維納故事  王蒼海



第八回・・舞踏會に玉座空しく、美泉宮に天子訪なふ


 維城の一大盛事は國立歌劇場における舞踏會にして、今も社交界の華を生むものなり。 貴紳名流は千金を投じて入場券を索め、翌朝の大新聞小新聞爭ひて佳人才子、はた政客豪商の手振りにつき 風聞を頻りに傳へること繁盛記の如しといふべし。


 華麗なる舞踏會の一番の華は、清楚なる新人(debutant)なり。初めて舞踏會に招かれたるを新人と稱す也。 うら若き乙女子が純白の絹の音清かに、肅々と舞踏場に進む樣、色糸少女(ぜつみょう)とこれを贊嘆せざるものなし。 一同進みて、徐に躬如として一禮するさま、墺洪帝國宮廷の禮を今に傳へるものなり。國立歌劇場にては、 嘗て皇帝の玉座のありし位置に對して禮をなすものなり。美女三百人、皇帝に慇懃に禮をなさば、可憐滿屋に輝きを添へるならむ。


 嘆息すべし、帝家の既に放伐せられ八十餘年、空しく玉座のみ殘れるを。帝家の國を失うに至りしは所以なきに非ざれど、 その委曲は複雜怪奇にして未だにこの大帝國の衰亡史に通史なし。歐州の強國にして中世以來名だたる戰亂の原因遠因に關與すれば、 この通史を書かむと欲せば、一箇の歐州史に他ならず。十字軍戰爭、獨逸三十年戰爭、西班牙繼承戰爭、墺太利繼承戰爭、 七年戰爭、波蘭分割、奈翁戰爭、三月革命、普墺戰爭、第一次世界大戰、第二次世界大戰と全てに關はること、 その國力の源泉は何處にありや。歐州歴史の奧の院にして、その本質悉く備はると云はざるべからず。


   平成十五年夏六月、今上陛下の墺國行幸あり。墺太利の國民、鹵簿を歡呼以ちて奉迎す。行幸の美泉宮(Schlos Shonbrunn) に至らば、驟雨突然に已みて雨後の天晴、眞に天子の威光ありき。翌朝の新聞に、「皇帝(カイゼル)、美泉宮に遂に還御」 との見出しありき。また、「世界最後の皇帝(カイゼル)、維城に至る」との報もあり。墺國一流の筆法なるも、 第一次世界大戰の敗戰時に人民憤激して、皇帝やむを得ず宮より瑞西に蒙塵すとはいへ、今なほ帝家に對する郷愁ありと覺ゆ。


 萬國史を按ずるに、本朝の和を以つて貴しと爲す政道は、皇室の永續せるを見るにも、國家の一體性と安定性の維持 といふ點に於いては、世界に比して聊かの遜色なかるべし。我が國人は、十全無缺ならざるを宜しく諒しつつも、その故にこそ、 以つて我が歴史と政道を誇りとなすべし。


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