逆旅舎>王蒼海:維納(ヰ゛ーン)故事 第五回
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維納故事  王蒼海



第五回・・樂聖の田園 眞面目  仁帝の梨苑 假世界


 維納人の自慢に、維城は、音樂の都にして、西洋音樂の傳統ここに備はるといふものあり。國立歌劇場と維城愛樂團の名聲今なほ四海に擧ぐるを観るに、その言も強ち空言ならず。樂團員も基本的に維納人とすることを原則として、維城の樂都たる權威を保つに似たれど、而して、歴代指揮者、音樂監督は當代一流の外國人を招聘することもまた通例にして、本朝の小澤征爾も活躍せるをみるに、千年の古都の作風は誠に一筋繩に非ず。


 寧ろ、史書を繙くに、かかる外國人、外地人の登用こそ維納の傳統とも思はる。神聖羅馬皇帝たりし、佛蘭子二世は、伊太利亞へ行幸に及びし折り、ヴィヴァルディを寵して引見すること、大臣より屡々なりと傳ふ。また、後年困窮せしヴィヴァルディは、維城に上り、帝に謁見を乞ふと雖も能はず、現在國立歌劇場附近に在りし陋巷にて窮死せりと傳ふ。斯樣なる帝王の氣紛れによる寵愛は、鹽城人モオツアルトも例外ならず。寵辱に狂へる如き宮廷裡の鉤心鬪角とも相俟つて數奇なること史傳小説に詳しければ又贅語せず。


 近代文明の啓蒙開化と共に、獨逸人ベエトオベンは、帝室宮廷の寵辱をやうやく度外視して、貴紳の知遇を得て維城に寓居し、自らの音樂を探究し、それを世上に公開するに至れり。モオツアルトの宮廷人たるに比べ、ベエトオベンは論語にいふ先進の野人の如きか。今も維城にはベエトオベンハウスと稱する家の蹟数多く残ること北斎が引越し癖と双璧をなす。又、維城郊外グリンツィングにベエトオベンの散歩道と稱するもの有り。文明備はりて漸く自然に親しむといふべきか。とはいへ、グリンツィングは嘗ての江戸の墨堤、北京の陶然亭と似て、旗亭林立したれども、今や文人の遊ぶ昔の面影なく、屋舍嚴然たる住宅地となり、清流は再び賞し難し。ただ春の日に、ハイリゲンシュタットなる「遺書の家」を訪なひたれば、冷たき驟雨に襲はれ、傘もなく、閑散として人跡なく、行人を愁殺せしむるに餘りあり。


 歴代帝王の外國音樂家を重用すること、實力主義の一籌にして、墺太利洪牙利帝國の政道の特色の現れなり。墺太利は、諸民族の雜居の中から精鋭を登用することにより國を興し、また、それによりて解體の運命を辿ることとなれり。 さて、名君の譽れ高きフランツ・ヨーゼフ帝に至り、帝國歌劇場を、維城の環状道路の軸柱として新たに建造せり。列強に對して首都の偉容を誇るとともにその文運の隆盛を示さんとしたるものと思はる。帝も屡々此の歌劇場に行幸ありたりと傳へ、同時期落成したる帝國議會には一度も足を向けざると好對照をなす。


 今に至るも歌劇は維納の樂しみの一也。帝國歌劇場は衣冠整へたる紳士淑女の參集する處なれども、樂團と觀客の距離は、至極近しきものあり。こは協奏館(コンツェルトハウス)の新年樂會のみならず。歌劇の演出はまた古風を保ち一種獨特の外連味あり。重厚莊重なるワグネルの樂劇といへども、必ずや觀客の笑ひや驚きをとる所あり。「指輪」の据傲なるアルベルヒが鼠に變ずる樣に笑ひ、張りぼてなる巨人族の闊歩する演出に驚き、これ亦宮廷の素朴なる雅風といふべきか。観客が百金を惜しまず投じて上席を求むる所以也。更に古くは、ルドルフ帝が奇想天外(Wundersame)を珍重せし帝家の遺風もこれあらむ。荷風散人のいはく、「東京で歌劇を見る無味乾燥」とは、そも技巧と言語の問題もあるらむも、更に斯く大がかりなる外連味の消え失せ、舞臺と平土間、棧敷の呼吸も遠慮がちなる消息と思はる。贔屓の歌手に維城の谷町旦那衆が花束を獻じ、萬歳を叫ぶさまは、寧ろ歌舞伎座の雰圍氣に近し。また、舞臺横の天覽御房(Royal Box)は舞臺と一體化せるものと考へざるを得ず、そこに貴紳の立ちて拍手をする有り樣に燈光を投ぜば一の演員の如し。荷風散人が江戸文化を樂しむが如く歐州文化を愛せむとしたるは亦かくなる所以ならむ。大衆歌劇場(Volksoper)に至れば、外連味は一層なり。劇員のよく客席に至ることもあり。東京の寄席でいふ「客いぢり」てふもの也。シュトラウス、レハアルなどの曲はかかる趣向が必要不可缺也。下町に育ちし遊子なれば、看官も閑散たる晝の寄席講釋に入り込むのは日常にして、その消息は不曉(わからず)ともなし。荷風散人の遊びし淺草歌劇場の雰圍氣は斯くなるものなりしか。


 さて、シュトラウス、レハアルの對極にある作曲家もあり。維城の商家の出のウヱベルン也。きはめて高度なる技法にて、數分に滿たざる短き作品を作ること、殆ど俳句の如し。玲瓏といふより寧ろあたかも狷介人を拒む璞玉に似たるも、試みに、巴嚇(Bach)の六聲遁走曲をウヱベルンが交響樂にしたる編曲を聴かば、彼の彫心鏤骨して一聲に萬感を込め、和韻縹渺たる内に天籟の旋律を藏すこと自づと明らかなり。


 然り、維納の移ろひやすき天氣、山嶽獨特の薄き空の色、含羞に滿ちたる野の花、城府深き人の内面を詠む俳句と思へば、數十秒のウヱベルンの曲もさに難解にあらず。ある日、破車を驅けりて黄昏に多瑙河を渡るに帝國橋を過ぎたるときにラヂオにてウヱベルンの小曲を聞き、卒然その消息を理會せり。


 とまれ、春曉、陋屋にてもベエトオベンの田園交響樂に模したる鳥の音に似た種々の聲を聽くことあり。また、雷雨も激しけれど、田園交響樂の如く一瞬のことなり。音樂はまことにこれ維城の閑日月の輔けなり。


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