逆旅舎>王蒼海:維納(ヰ゛ーン)故事 第一回
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維納故事


自序

 六大無常の風に身を委ねて、四海乾坤の間を漂泊すること既に長きに亘りぬ。ここ維納の陋巷に韜晦すること又二年に及びぬ。故郷の井を背きて、遙か西洋に流浪するのも故なきにあらず。只、欧州文明を此の生来愚鈍なる頭脳に理解し、英国に漱石居士、仏蘭西に荷風散人或は此処維納に春畝先生の跡を拝して、志を養はんが為なり。
 此処に些か筆記を留め、大方の叱正を冀はんとす。

       多瑙(Die Donau)江上にて  王蒼海




◆第一回・・・旧都の源流を解題し、風水の感応を略述する


維納は、羅馬帝國のVindobonaの遺跡を継承したる都市なり。Vindobonaは、美風の 義也。名正しく言順い、まことに年間を通じて、阿碑斯(Alp)氷河の冷風、徐に来 る。


北に波蘭王忠勤の遺跡たる珈連山城(Kahlenberg)、玄武の如く備へ、東に多瑙 江、蒼きこと青龍に似て、南に羅馬に直進する基隆田(Kaerntner)街道、朱雀の羽 を伸ばし、西に雪山(Schneeberg)、白虎の如く臥して、まことに四神感応の要害の 地にして、千年の旧都たるも宜(むべ)なる哉。


斯くの如く、風水まことに北京あるいは京洛に似て、人の気風もまた些か似たると ころあり。繁華を好み、また温順恭礼、只、心の内、府院深くして知己を得るは難 し。家屋もまたこれに似て、客庁大堂を備え客を好むも、大門の一度閉じれば外人の 全然伺うところにあらず、更に地下室を必ず設け、馬鈴薯、葡萄酒等の食料を積み、 また、放射能被爆に備へ必ず家毎に沃素剤を置くことは常識となれり。日本家屋の開 放然且つ無防備たるは寧ろ世界には誠に希なる例と知るべし。


事物に起源あり、民族に源流あり。維納の源流を極めんとし、羅馬遺跡を一日尋ね しことあり。読者諸賢、且(しば)し次回の説明を聴かれたし。


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