逆旅舎>泰通信 第九號
推奨環境:1024×768, IE5.5以上





泰通信 (第九號)


         平成十七年四月  大口 童遊


ソンクラーン Songkran (タイ正月)


 今どき謹賀新年と言ふは突拍子もなき御挨拶なれど、泰は毎年四月十三日より十五日まで「ソンクラーン」と呼ぶ正月なり。


 太陽の次の黄道帶に入る意味の梵語起源の祭は十三世紀スコータイ王朝よりの風習にて、最高氣温三十六、七度の酷暑のこの時期、 泰の農民にとりては收穫も終へ雨季(六月〜十月)前の農閑期にて、年一度の樂しき日となるなり。


 學校も三月半ばより五月半ばまで夏休みにて、ソンクラーン期間は前後の土日を合せ、役所も會社も一週間の休暇となる。 一九四一年以來、一月一日を元日とする新暦も行はれ、また此國の政治經濟の中心を握る華人は日本と同じ太陰暦の舊正月を祝ふ。 故に泰には年三度の正月あり。


 さて此の泰正月、大晦日より家を掃き清め僧侶への御布施、佛像沐浴の儀式等のほか、 街中にては若者の水を掛合ひて興ずる慣はしありて「水掛け祭」の別名にても知らる。大晦日の夕方、 盤谷西部カオサン通にて件の行事あると聞き足を運ぶ。


 東京・原宿の竹下通の如き小路を入るに、道の兩側にて水鐵砲を構ふる若者の間を西洋人も交る見物人、 半濡れ姿にてそぞろ歩く。余も人竝に機關銃の如き水鐵砲(百圓弱)を買求め、恐る恐る構へし途端、強烈な集中砲火を浴ぶ。 水のみならず白き粉を溶き混ぜたれば、顏も衣服も眞白となる。


 歸路のバス(冷房なしにて窓を開け放つ)の中まで飛込む放水にも驚く。されどびしょ濡れの衣服も 車中にて搖らるゝ間に乾く土地柄なり。ソンクラーンの三日間、市内を走る自動車いづれも眞白なりき。


 來るべき耕作期に雨惠まなむとの祈を込むる行事と聞きて、何やら一年分の清めを受けたる心地味はふ。


▼ 第十號へ
▼「逆旅舎」表紙へ戻る
▼「文語の苑」表紙へ戻る