逆旅舎>泰通信 第二十號
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泰通信 (第二十號)


         平成十八年九月  大口 憧遊


敬 老 kaorop Puusuun Aayu
(カオロップ・プースーン・アーユ)



 我が住宅團地前の道は半里ほど先にて盤谷を貫く主幹線道路に繋がる。幹線道路には市バス走行すれど、枝線は「ソンテオ」と稱する超小型バスに頼る。小型貨物車の荷臺に六人掛け座席を二個載せ屋根を附けたる簡便至極の乘物なり。タクシーと同じく手を擧ぐれば止まりて乘せ、何處にても車中のブザーを鳴らさば止まりて客を降す。洵に便利なる庶民の足にて、運賃は一律僅か六バーツ(十八圓)なり。


 筆者は七十を越ゆる老人なるが、後部荷臺よりソンテオに乘込むや、いづれかの若者立ちて、席を讓る。タイにては、席の優先順位は決りゐて一、子供、二、女性、三、老人の順なり。子供連れの客乘れば、誰しも席を讓る。老人は第三位ゆゑ、若き男居合はせねば誰も讓つてはくれず。稀に若き女性の讓りくるゝこと無きにしも非ねど。


 興味深きは、運賃のやや高き市バス(特に冷房バス)や眞新しきBTS(盤谷輸送システム。開通六年の高架電車)、地下鐵(開通二年)に於ては、席を讓る率はぐんと低くなることなり。居所近き支線に於ては「村意識」働くためならむか。都市化するほどに不人情となる「文明化一般原則」の表れか。


 一方、時に歸國すれば、席を讓る若者は皆無なり。前に老人の立つや、不快氣なる顏をしてあらぬ方を見るか居睡りを裝ふ。


 六十歳代後半より十年ほど倫敦にて暮しし友人の話によれば、彼の地にては老人に席を讓るは至極當然の行爲にて、誰もが極く自然に親切にしてくれ、洵に住み心地よしと。


 世界の國全て調べたる譯にてはあらねど、我が國は世界に於て最も老人を大事にせぬ國になりたるに非ずや。さてこそ「敬老の日」を設けたるらんと云へども、この日、老人に席を讓る若者ありや。


 泰庶民の暮し目に見えて改善する中、老人に席を讓る率もその分、僅かづつ減り、日本に近づきつゝあるやに感ずるは、豈筆者の氣の所爲のみならむや。


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