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泰通信 (第十九號)


         平成十八年七月  大口 憧遊


チューザイ


 泰國の邦人間にてチューザイ(駐在)なる語の特權階級の語感にて語らるゝこそをかしけれ。故國にては田舍の「駐在所」程度の語例を散見するのみなるに、泰に於けるチューザイは企業派遣の選ばれし社員の謂なり。


 泰の長期滯在邦人數は約三萬六千人。米國二十三萬餘人、中國十一萬餘人、英國四萬餘人に次ぎ第四位なり(平成十七年、外務省調べ)。二年前、この在泰邦人の生活實體を卒業論文の主題とせる東洋大學の學生あり()。それによるに在泰邦人は(一)駐在員(二)現地採用(三)その他(自營、退職者、學生)の三種に大別し得といふ。


 駐在員の給與は月額三十萬〜九十萬圓、會社負擔にて家賃二十〜三十萬圓の高層住宅に住み、女中を雇ひ、運轉手つき專用車にてゴルフに行く。王族、大富豪よりなる泰上流社會と同じ水準の生活なり。


 大半がバンコク都心のスクンビット地區に固りて住み、日本料理、西洋料理の高級店または自宅にて日本と變はらぬ食事す。子弟は日本人學校に通ひ、略々日本語の通ずる「駐在員社會」の中にて暮す。炊事、洗濯、掃除、子守まで女中委せにて、主婦はゴルフ、エステ、英會話等の習ひ事に日々を過す。歸國すれば只の主婦、一生一度の大名暮しに夢見心地となる。


 他方、「現地採用」と呼ばるゝ邦人あり。タイを好み自ら望みたるタイ暮しなれど、給與は九萬圓から三十萬圓と駐在員の約三分の一なり(それにても一般泰人の三倍なり)。大半は一萬圓強〜四萬圓弱の部屋に住み、食事は泰人と同じく屋臺の安い泰料理にて濟ますことも多し。泰人を妻または夫に持つ者も多く、泰人の友人もありて泰社會に溶け込みて暮す。


 際立つ違ひの一つに日本人會(一萬五六千人)との關りあり。子弟を持つ駐在員は略全員入會す。日本人學校の部活動は日本人會入會を條件とし、學校バス送迎あり、年會費(一人三千六百圓)も企業より拂込む。


 他方、現地採用者の日本人會入會は稀なり。理由は「入會の得なし」「駐在員社會に馴染み難し」と。


 この結果、日本人會は恰も「駐在員會」の感あり。二三年にて歸國する駐在員の爲の日本人會にもそれなりの意義はあるらむが、現地採用や昨今殖えつつある定年退職者等、泰に永住ないし半永住する邦人の爲にこその日本人會にて在らまほしけれと思ふは豈筆者のみならんや。


本報告は、東洋大學國際地域學部を平成十七年に卒業せる田上明日香さんの卒業論文「バンコク・スクンビット地区における日本人社会に関する研究」に負ふところ大なり。


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