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泰通信 (第十一號)


         平成十七年六月  大口 童遊


ムーアン・マァア (犬天國) Muang Maa


 盤谷市内を歩まば、繁華街と云はず裏通りと云はず、また觀光先の寺と云はず至る所、野良犬のうろつき、 或いは路上にぐつたり寢るを見る。一年前この地に住み始めし頃、我が幼き日を思出し、人と犬のかかる共存こそ 本來の在り方なるらむと感動せり。


 されど日を追ふにつれ單純なる感想は影を潛む。裏通りを散歩するに、塀の金網に内側より跳掛かり激しく 吠立つる番犬屡々あり。鎖にて繋がるゝに非ざれば、萬一戸など開きたらむにはと恐る。近所の泰人には吠ゆる樣なし。 異邦人は匂ひにて區別すらむか。


 或日、偶々路上に數匹の野犬あり。番犬に呼應し我を取卷き齒を剥出し吠立て襲ひかからむとす。「怪しき奴侵入」 の番犬の警告に共同防衞の構へを取りたりけむ。無防備の我、恐怖感を抑へつつ手近の家の門まで逃れ石を拾ひて息を潛むるうち、 近所の泰人青年犬どもを追散らし漸く脱出するを得たり。


 以來、散歩には太めの雨傘を携行するも、度々吠えらるゝに嫌氣さし、遂に散歩は我が住宅團地内に止め周邊は諦めたり。 團地内の犬も大方は放飼ひなれど馴染みたれば吠えられず。長く盤谷に住む荊妻は、團地外の散歩は犬怖きゆゑ得せずと言ふ。


 表通りの野良犬は大人しく危なげなけれども、都心にても稀に狂犬に噛まれし話柄あり。國内にては年間數十件、 盤谷にても數件の狂犬病患者屆出あると聞く。商社駐在員の夫人等邦人女性の多くも、薄汚き野良犬うろつくを盤谷の缺點とす。


 アジアの國々の多くも大方同じやうなる状況なるらむと聞くも、現代の犬はやはり放飼ひにはすべからずと實感す。


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