愛甲次郎◆中国紀行 |
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『中国紀行』(平成十六年五月) 愛甲次郎 第五回 ◆ 五月四日 三峡クルーズの出発は九時なれど桟橋ホテルに近ければ出立に余裕あり。ホテルより マイクロバスにて急坂をかなり下り長江の桟橋に着く。浮橋を渡りて観光船に乗り込 む。長江の流れは速くココア色に濁れり。銀河一号と称する観光船は四階建にして一 階はロビー、二階は客室及び食堂、三階は客室専用、四階は展望室、娯楽室並びに甲 板なり。展望室の上に更に上甲板あり。ガイドによれば三峡下りの観光船としては最 高級の由。船室はもとより手狭ながら寝台の寝心地頗る良きは幸ひなり。乗客は三四 十人余、その八割は中国人にして日本人は我等のほか二夫妻のみ。いづれもキャノン の社員にして一は岩田済南支店長今一は富田重慶支店長なり。食堂にて卓を共にする こととなりぬ。 昼食の後 豊都なるいづれ水没の運命の街へ到着。街の北側に仙人伝説に包まるる霊 山ありて所謂鬼城は観光に値すとて乗客上陸す。余は花粉症にて気分勝れざりしかば 参加せず、午睡を取る。 夕餉の刻となり卓につけば落日将に山の端に掛れり。船の僅かの揺れに一瞬にして姿 を消し再び現るることなし。夕映えは見る見る色を失ひ、辺り一面白、黒、灰色の世 界と化す。江上の漣一面に白く輝き今や空よりも白きを得たり。 隣の卓に若き米国人女性二人、日本語を良くす。富田氏によれば一は宮崎県、一は大 分県にて英語の教師として二年を過せる由。大柄なれども色白く大きめなる眼を見開 きたる様素朴なる風情あり。船長主催ウェルカムパーティーにも出席せず、早めに寝 に就く。 ▼ 第六回へ ▼「逆旅舎」表紙へ戻る ▼「文語の苑」表紙へ戻る |