安東路翠 [諸葛亮]二
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『諸葛亮』  安東路翠- 新作能 謠曲 - 二


   中國遺跡にて「諸葛亮」一番を 峨眉山上に建立


久方の空は限りもなければ悠として一人天涯を極めん。 われこそは蜀漢に武勳を樹(た)て候ひし誠忠の士(ひと)諸葛亮にて候。
春の柴戸を開けぬれば
今は昔の霞たち、夢かうつつか空のはて天につながる水碧く、四方は清やかにひろび ろと
我が心と覺えたり
我が皇帝創業半ばにして空しく、後人に補はしめんとするに霸權興亡 世の常なりて、若き陛下の諸國落さばやと僉議重ぬるにはかどらず。 歳月翳りなきなりと、劉氏の季(すゑ)頽廢させじと、 先帝のいまはのみことのりにそはむとぞ、上奏したてまつりし出師の表。 いのり九天の際を打ち、劍門棧道の險を越え、草廬を廻り五丈原、 魏國の敵將震はしめんと、
ありし御時、漢乎王と拜されしその面影の三顧の昔かへり見るに、梁歩(りやう ほ)の吟に浩然の志もて仕へ、深き水魚の交りに、天下三分計りたり。
うつつか草廬の聲戀ふも空しくされし白帝城。
筆を擱き、死して一字を殘し、甦ること五たび、
涙城邑をほし、
籥(やく)を吹くか悚 を吹くか、竹の孔管の傳ふるしらべ殷々と、
このかなしきに堪ふ、
思ひ知るやかの時一句に迷ひを斷ち、萬機平靜すでに添ふる句なし、
永代なり帝都の軍。はからずや天と衝を爭はず
恐れ申すなり。
げにげにこれも御理りなるか、今もむかしも群雄四方に起ちて相攻伐さるほどに、 地拂ひ香をたくも
あさまだき
斑鳩月星と三精をうたふとも
夢覺むるや晨(あした)にしのびがたし。
陛下、何をか語り答ふるや。
折しも篌の音の高まりて、曙のそらへ轟(とよ)みゆく。 陛下賢臣に親しみ臣賢なるを信じ、暗愚なりとも孤鶴の風姿。 こよなき交りはじまりて歡を盡せる春燭(はるひ)の下に、
帝の喫せし蜀の酒、玉碗に盛り詩を吟じ、 千種の風情朗(うた)ふとも、
琥珀の光りに映ぜるは、
清雅のみ相貌端正(きらきら)し。
仰げば高く貴きや。
あなかしこ夢に傍城幾度歸り候。
春夏秋冬影となり、皇帝(みかど)の菩提弔はん。
帝の面射し山下を望み、治政の惠み宇宙に垂るる也。門を出て山を望むも いやましに、慕ふこころの限りなく。
松籟を開き翠竹を杖に、峨眉に向ひて長嘯す。
うつつか澄みたる御聲あり。
皇帝の御心古雪に止め在り。靈峰にのぼり候へ。


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