安東路翠 [諸葛亮]一
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『諸葛亮』  安東路翠- 新作能 謠曲 - 一


   中國遺跡にて「諸葛亮」一番を 峨眉山上に建立


大陸の風 飄々と 朝陽に染まる 嶺遠き、
是は 日の本の國の 旅の者にて候。 夢に成都に まゐらする事契りて 史書の 古事(ふること)を 尋ね 逍遙し まうでばやと存じ候。
(大陸の人)さあらば 通り候へ。
夏口より 荊州 襄樊(じょうはん)とて
孰れが方か、春霞
案内申さうづるにて候 分け入れば小丘の蔭の 池塘(ちとう)の群 淡々と空を映せり
これなる池に湛へしは、 洞庭湖のいにしへの 名殘りの水なりて
荊州の都 襄陽に着き候
桑田十里 此處なるは 隆中の諸葛亮の 草廬也
泰山山野にまなびし智慧、臥龍の慧眼炯々と
光れば 呼應三顧の禮
ほととぎす 春陽に聲もうるほひて
竹林の風 清澄(きよげ)に 返すや 升(のぼ)る晝の月
池のわたりの 抱膝樓
古堂に隱る 木牛流馬
いづくより 煙霧に隱る妙なる調べ
これなる、聰敏にして風韻の武人の 魂座すところ 千金に替へ さる色(かたち)あり
楊柳垂る 漢水 工(べん)水 二河の憂く 赤壁 夷陵の嚴しきを
行きゆくに 雲打ちはらふ 蜀の春風
よくよく覽ずるに 藥馨四方に薫じ
斑鳩の聲 頻(しき)りなりて
古堂の壁の漢人の磚の畫像の語りゐて 古き城邑(しろむら)あます無く傳へ給ふぞ 貴(とつと)かり。 土中に久しき、三國の遺せしものぞ眞なる。 杏花咲き 青柳垂(た)るも蜀漢の爭霸の激しき響きあり
花の咲かずて 實を成すと
さても珍しの黄果樹(おうかじゆ)
錦竹 南竹 柏樹(はくじゆ)生ひ
げに代々(よよ)を傳へてありと見ゆ。 不思議やな 今よりは 春の陽もゆらに立てば まこと 久方のそらなる 景色なり 雙雀鳴き交すと見るや、
清やに香りし迎春花(いんちゅうほう)、亂るる彼方に遠き影あり。新緑の森を出 で、
貳輪車に葛織りの帽なる房も威儀を正する白羽扇、しろ麻の、 衣の袖も榎の枝に慣れ、下風に搖れつつ素木の輿にかかり、諸葛菜なる紫の、 たなびく原に紛れつつ靜けく進みたり。
こは廣き花の野なりし。まことの靄のひろがりて遙かに浮ぶその姿 神仙の人孔明なりと見ゆ。


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