歌手 白井光子を讚ふ
                                
白井光子は獨逸人洋琴演奏家ハルムート・ヘル氏を夫とし、本據を獨逸に置くメゾ・ソプラノ歌手にして、永年に渉り夫を伴奏者として帶同來日し、母國に於て獨唱會或いはオーケストラ演奏會に出演するを恆例とせり。 ソプラノ歌手鮫島有美子女史も又夫君洋琴家ヘルムート・ドイッチェ氏と共に獨逸を常住の地として日本に於ける演奏活動を行ふは形式的には白井女史と相似たれども内容的には甚だ對處的なり。 仍ち鮫島女史は美貌にして體躯にも惠まれ聲量豐かにして、その演唱曲目の範圍は古典、歌劇より日本の通俗名曲の廣きに渉り一般的人氣も極めて大なり。 一方白井女史は身長五尺そこそこの小柄なる女性にして、特に容姿端麗なるに非ず一見白髮を交へたる平凡なる中年の主婦の如き觀あり、聲量も必ずしも豐かならざるも、これ等の不利なる諸條件を克服して長くその藝術的生命を維持しあるは偏に女史の弛まざる精進と知性に依るところなるべし。
近年女史が演奏會にて採上ぐる演目は獨逸語歌曲を專らにして、華麗なる伊太利歌劇アリア等は勿論フォーレ、ドビュッシー等佛蘭西語歌曲についても余は耳にせしことなし。
されど獨逸語歌曲に關する限りバッハの古典より近代歌曲に至るまで著名作曲家のものは洪牙利人リストを含めて 極めて多彩なり。 仍ちハイドン、モーツァルト、ベートーベンの古典派作曲家に始り、 シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンの前期浪漫派、更にはブラームス、マーラー、ヴォルフ、R・シュトラウスの後期浪漫派に及び、プィッツナー、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの二〇世紀の無調派の殆ど旋律を追ふこと困難なる歌曲をもレパートリーに加へたり。
平成一七年秋一一月、余は白井女史の演奏會場へ二度に渉り赴きたり。 一つは一三日(日)横濱みなとみらいホールに於ける室内オーケストラとの共演にして曲目はマーラー『大地の歌』なるも、この日の演奏は共演せる樂團の質も影響せしかやや精彩を缺き、終曲「告別」に於て嘗て他の樂團との共演の際受けし深沈たる感銘には程遠きものなりき。
次は廿二日(火)赤坂紀尾井ホールに催されたるリサイタルにして今囘はシューベルト『冬の旅』全曲を採上げたり。 女史の紀尾井ホールに於けるリサイタルは毎年この時期に行はれ本年第八囘目を數へ、余もこれを缺かさず鑑賞するを恆例とせるも、今までこの不朽の名曲が一度も唱はれざりしに氣付き更めて驚きし次第なり。 尤も『冬の旅』は「菩提樹」等二三の膾炙されたる歌は別として廿四曲全曲を女性歌手が採上ぐるは嘗ては珍しきことなりき。 されど近年クリスタ・ルドウィッヒ、ナタリー・ストーツマン等のメゾ・ソプラノ歌手による全曲の録音盤市場に現れ、ストーツマンはこの年の初夏來日して同じく紀尾井ホールの演目に載せたりしが、我が印象にては何れもやゝ音色に艷が過度にして「寂び」に乏しきを感じたり。 こは女聲の持つ宿命なりやとの疑問から廿二日當日、余は幾分の不安を懷きつつ紀尾井ホールの所定の席に座を占めたり。
定刻、聽衆の拍手に迎へられ白井女史は伴奏者ヘル氏と共にステージに登場せり。
ピアノ序奏により第一曲「お休み」は開始せられたり。 馴染ある白井女史の聲は豫期せる通り淡々たる味はひの正に標準的なる歌唱にして安心して聽くことを得たるが、 曲の最後〈ダミット メーゲスト ゼーエン アン ヂッヒ ハプ イッヒ ゲダハト〉に僅かの工夫を見たり。 第二曲〈風見〉、第三曲〈凍れる涙〉と曲進み行くにつれ聽き慣れたる旋律なる餘り「お休み」の效果もありたるか余は暫し白井女史の歌聲を夢うつつの内に過し行く現象に陷りたるが、第十一曲「春の夢」の丁度〈アルス ディ ヘヱーネ クレヱテン〉(鷄の叫びし時)にて常態に復せり。 その後は獨逸語も操れぬ余の見當違ひの感想ならむも女史の細部に迄行き屆きし歌詞の唱ひ廻しなりアクセントに共感を覺えつつ聽き進みたり。 曲の後半に至りて女史は益々冱えて「道標」「宿屋」には獨特の(寂び)を感じ、愈曲は最終の「辻音樂師(ライアーマン)」に辿り着きぬ。 この終曲に於て最後の部分を〈ヴンダーリッヒ・アルター ゾル イッヒ ミット ディル ゲーエン? ヴィルスト ツー マイネン リーデルン ダイネ ライエル ドゥレン ?〉と通常ドゥレーンと唱はれる語句をドゥレンとレにアクセントを付して餘り延さずに終りたり。 この爲かこの曲は特に新鮮なる感覺を受けたり。
余は歸宅後更めて我が家の『冬の旅』CD、LPを引出し「辻音樂師」のかの部分聽き比べを試みたり。 されど女性歌手ルドウィッヒ、ストーツマンから男性の古くはヒュッシュ、ホッター、更にはフィッシャー・ディスカウ、シュライヤー、プライ、最近のブロホヴィッツに至るまで、何れも大なり小なりドゥレーンと唱ひ、一人として白井女史の如き魅力的なる歌唱はあらざりき。 されど「辻音樂師」が斯くも魅力的に聽こえしは、ドゥレンの歌唱のみにあらざりしやと幾分の疑問も感じたり。
二ヵ月を經過せるある日偶然音樂評論雜誌を閲覽する内次の記事を發見せり。
そは二〇〇五年度中に於けるベストコンサートに關するアンケートにして、これの囘答者なりし評論家の一人はベストワンとして白井光子の一一月紀尾井ホールに於ける『冬の旅』を推しゐたり。 その理由の一つに「辻音樂師」の絶唱を擧げたりしが、それに依れば通常イ短調にて唱はれるべきこの曲を當日女史は半音高い變ロ短調にて唱ひしが、これも彼女の研究の成果なりとぞ。 之を讀みて余は當日の特別の感銘の理由を納得すると共に、近來老化による聽力の減退を嘆きありし我が耳も未だ滿更でもなきことに祕かなる喜びを感じたる次第なり。
(平成一八年二月)


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