ヰオリニスト群像
                 


 『唯聞く、ゲザが手中の「ヰオリン」は乍ち歌ひ、乍ち泣けるを。匈牙利生れの「チガン」ならで、かかる聲音を出し得るものあらむや。人を醉はしむる節奏、澁るやうなる音の曲折、情と樂との亂狂へる風雨雷電。・・・』之は明治二十三年より森鴎外が翻譯を開始せるシュビン作『埋れ木』の一節にして、慶應義塾塾長たりし小泉信三博士の推獎措く能はざる作品なり。その題材とするはゲザ・フオン・ザ イレンなるジプシーの血のヰオリニストの物語なり。


 ゲザは幼き頃よりヰオリンの天才なりしが、許嫁の自殺に希望を失ひ、酒に溺れて遂にはパリ、モンマルトルに落魄の生活を送るに至ると云ふ單純なる梗概なれども、これに用ゐられたる明治二十年代の數々の音樂用語或は音樂家の名稱等、思付く儘書き記せばマルチニの「戀の樂(プレジイル・ダムウル)」、ショペンが「ノツツルノ」、メンデルゾンの「ゲ・モル」調、ロシニ、ベリオス、ワグネルとその時代ならではの表現として眞に興味深きものなりき。


 同じ明治二十三年、バーネット作『小公子』も又翻譯發表せられたり。譯者は若松賤子なる筆名の當時横濱のミス・ギダー學校(フエリス女學院の前身)に勤務する一女性教師なりき。賤子は會津藩武士の長女として生を享けたるも、父は幕末の函館戰爭に敗れて捕はれの身となり、彼女は横濱商家の養女となりて成長せり。英語に堪能なりしはミス・ギダーの薫陶によるものにして、成績優秀なるにより、そのまま母校に教師として殘れりと聞く。若松の筆名は郷土「會津若松」に由來せるなり。賤子は同じく教師の巖本善治の妻となりたるも、明治二十九年三十三歳の若さにて身罷りぬ。彼女の譯せる『小公子』はその後譯されたる『小公女』と共に同時代の子女に廣く愛讀されし作品にして、今も岩波文庫目録に記載されある古典的一册なり。我が最初に之を繙きしは中學校入學の頃なるも、感銘を受けしは數年後徳川夢聲の朗讀を聞きて再讀せし折なり。その譯文は特徴ある口語體にて『第一、おっかさんのいって聞かせて下さる事が不思議でたまらず、二度も三度も聞直さない中は會得出來ませんかった』と記述せられ會話にしばしば「・・・ましたっけ」なる表現の見らるるは、如何にも女性らしき言葉遣ひならむ。又「僥倖」に對するルビとして「こぼれざいはひ」の用ゐられしを見て、その適切なる言葉撰びに感嘆久しうし、その字句は我が腦裡に深く刻み込まれたり。


 さて『埋れ木』のゲザの如く、ヰオリン奏者には樂器の比較的小型なる爲か大人に伍して幼き頃より名演奏家の輩出することモツアルトの時代より珍しからず。かの若松賤子の孫娘巖本メリーエステル(眞理)も十二歳にして毎日新聞主催音樂コンクール・ヴァイオリン部門に優勝せる少女ヰオリン演奏家なりき。即ち眞理は巖本善治の息子莊民と米國婦人マルグリートの間の長女として生れ、メリーエステルと 名付けられたるも、昭和十七年片假名使用追放措置により眞理と改名せり。巖本の出場せるコンクールは昭和十三年なりしも、翌十四年には辻久子、十五年には江藤俊哉、岩淵龍太郎が何れも十二歳にしてヰオリン部門の優勝者たりき。江藤岩淵両少年を獨奏者とする十五年秋のローゼンシュトック指揮による新響演奏會におけるバッハ『二重提琴協奏曲』は我に取りても忘れ難きものなり。然れども彼等若き演奏家の内、我が特に注目せるは巖本メリーエステルにして、彼女の實演を最初に聽きたるは、昭和十六七年巖本十五六歳の頃ならむか、新響演奏會に於いてベートーベン提琴協奏曲を獨奏せる時なり。この時彼女は第一樂章途中にて、曲譜の記憶を失ひ演奏不能にて立往生の状態に陷れり。されど氣を取直して譜面を取寄せ、改めて最初より見事な演奏を披露し却って萬雷の拍手に浴したり。我の彼女に對する印象は徒に技巧に走らず豐麗なる音色にて、曲に正面より取組む演奏家と感ぜられたり。


 我が眞に巖本フアンになりたるは、昭和三十年以降彼女が本格的に室内樂と取組を始めたる後にして、特に昭和四十年頃巖本真理弦樂四重奏團を結成、古典に近代にと幅廣き作品の演奏を鑑賞するは無上の樂しみなりき。然るにその十年後不幸にも彼女は癌に蝕まれ昭和五十三年初夏五十二歳の生涯を閉ぢたるは惜しみても余りある事ならむや。


 敗戰後最初に來日せる著名なるヰオリニストはエフデイ・メニューインなりしが、彼もハイフエッツを繼ぐ天才少年として幼少の頃より喧傳せられしなり。されどその折の演奏は期待を十分滿足せしむるものに非ず、寧ろその後來日せるヨゼフ・シゲテイーのブラームスは音こそやや粗れ氣味なるも、その氣迫と品位に於いて聽衆を壓倒し、藝術は技巧のみに非ざることを痛感せり。


 その他印象に殘る演奏としてはシェリングのバッハ、パールマンのモーツアルト、、スーク、グルミオー、オイストラフの幾つかを擧げらるるも、クレメルがピアノのアルゲリッチと共演せるベートーベンのソナタの名演を凌ぐものを聽かず。


 尚女性ヰオリニストに他の樂器に比し、美貌の演奏家の多く存在するやうに感ぜらるるも又不思議にして、昭和初期の諏訪根自子を始めとし、植野豐子(服部豐子)、そして現在の諏訪内晶子等演奏もさること乍ら、その颯爽たる容姿に接し得るも實演に於ける二重の喜びならむや。


 而して今日に至るまで、若き優秀なる男女ヰオリニスト、洋の東西を通じて數多く輩出せるも、最近特に注目せらるるは七歳にして札幌音樂祭に登場せる五嶋龍少年ならむ。現在紐育トリニテイ高校に在學中の十五歳の少年なるも歐州各地の演奏旅行にも成功を收め前途洋々たるものなり。心弱きゲザ・フオン・ザイレンは哀れ落魄して「埋れ木」に陷りしかど、心身共に健全なる龍少年の、その名の如く雲を得て世界に雄飛するを期待するものなり。


(終)
                
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