十七
四時詞 夏詞 一雙乳燕入簾帷 睡夢初醒午漏遅 微汗透襟紅露濕 落叙緑雲垂 窓前綵繍猶慵刺 帙裏殘書無意披 萱草花香曲欄外 閑揺羅扇立多時 一雙ノ乳燕 簾帷ニ入ル 睡夢 初テ醒ムレバ 午漏 遅シ 微汗 襟ニ透リ 紅露 濕ヒ 落叙 ヲメテ 緑雲 垂ル 窓前ノ綵繍 猶 刺スニ慵ク 帙裏ノ殘書 披クニ意モ無シ 萱草ノ花香 曲欄ノ外 閑ニ羅扇ヲ揺ラシ 立ツコト多時 子育て燕つがひにて 巣に戻り入る簾の内 羽音目覚むる初めなら いまだ変はらぬ夏の昼 ほのかな汗は吾が襟を 紅くうるほす露のごと 簪落ちて鬢かかり 髪を垂らせる雲のごと 窓辺に置きし遣り掛けの 綵繍刺すも物憂けれ 帙に納めし讀みかけの 書をひらくにも気をやれぬ 窓の手摺のその向かふ 咲き匂ひたる萱草花 静かに羅扇ゆるがして 佇み眺む 幾許ぞ (文化十ニ年) 〈外字〉 〈通釋〉 雛を育てている親燕が簾の内にある巣に、つがいで戻ってきました。 ずっと昼寝をしていた私は、その羽音に思わず夢から醒めてしまいました。でも暑い夏の昼は長く、それほど時間が経っていません。 身体を起こしてみると、汗が紅い襟まで滲んでしっとりしています。 それは紅い露にぬれているようです。 いつのまにか簪も抜け落ちて鬢の途中に掛かり付いています。その重さで黒髪が垂れ下がって雲のようです。 窓辺には遣り掛けの刺繍が置いてあります。でも刺してみるのも面倒でその気になれません。 読みかけの本が帙にしまってありますが、それを開く気にもなれません。 窓の手摺の向こうには、たくさんの萱草の花が咲き匂っています。 わたしはゆっくり絹の扇を揺らしながら、ただぼんんやりと眺めています。
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