泰俳句事情――常夏の季語 十七 プルメリアおみ足一歩遊行佛 嵯峨 春野(*1) 雨打つて印度素馨は寺の花 長尾 俊郎(*2) 漂ふ香ありラントムの花の山 同(*3) プルメリアはハワイのレイにて知らるゝ熱帯の花、泰にても一年中咲けども、涼季(*4) に 一際輝きを増して咲き誇る。歳時記には無けれど、泰にては、ブーゲンビリアと同じく涼季の季語として俳句に詠む。 寺に多く見る故、英名はテムプル・フラワー。和名は印度素馨。素馨(茉莉花=まつりくわ、ジャスミン)に似たる芳香故の命名なるらむ。このため昔はプルメリアを單に「素馨」と詠む向きもありしが、素馨は泰にもある花(ドック・マリー)故、混同を招き良からず。 泰語「ラントム」は「ラトム(嘆き)」に通ずるとて忌む泰人多く、庭木には植ゑぬといふ(*5)。このため最近は「リラワディー」と呼ぶ改名定着しつゝあれど、未だこの語による作句例を見ず。 森を埋め空を壓する鸛(こふ) の群れ (*6) 春夕燒森を埋むる鸛の群れ (*7) 大口 憧遊 盤谷の西北三十粁、古都アユタヤの手前に 鸛(こふのとり)にて有名なるパイロム寺あり。日本にては絶滅の危機叫ばれ人口飼育すれど、此處パイロム寺の鸛は文字通り「森を埋め空を壓する」態にて世界にても珍しき光景なるらむ。 芭蕉に「鸛の巣に嵐の外の櫻哉」の句あるも、鸛は目に觸るゝ機會少なき故か歳時記に無し。 泰にては「二月末の産卵時より灰色に變色する故、白く美麗なる鸛は十二〜二月」と云はれ、この季の季語となる。掲出句の一句目は吟行の折に筆者詠みしものなり。されど、このまま日本の句會へ送れば「無季俳句」となる。掲出二句目は「春燈俳句會」に送りしものにて、「春夕燒」の如き別の季語を必要とす。「常夏の俳人」の苦心の存するところなり。 *1 泰国日本人会会報『クルンテープ』二○○四年三月號。 *2 作者は一九九五年より在タイ通算八年。定年後も一年 餘、タマサート大学にて日本語を教ふ。 *3 同じ作者の『バンコク句日記』四(一九九九年)。 *4 十二〜二月。泰語にては「寒季」と呼ぶ。 *5 レヌカー・ムシカシントーン(旧姓・秋山良子)『タ イの花鳥 風月』(一九八八年刊)。 *6 『クルンテープ』二○○五年三月號 *7 『春燈』二○○五年五月號)。 。 (泰國邦人紙『VOICE MAIL』より) ▼「詩藻樓」表紙へ戻る |