泰俳句事情――常夏の季語 十五 讀初やタイ王朝の四代記 書初めはコーガイコーカイ泰の文字 ルンピニの池ひたひたと淑気かな 大口 憧遊 常夏の地でも新年は新年。特別の季語があるわけではない。せいぜい「泰らしき句」を心掛けるしかない――といふ譯で拙作を幾つか竝べてみた。一句目は今年、二句目は昨年、三句目は一昨年の正月に詠んだもの。「コーガイ」は泰文字の最初の文字、「コーカイ」は二番目の文字の呼び名だ。「ルンピニ」は盤谷都心にある公園。元日の一日を、池を眺めながら、のんびりと過した。 宴果てゝ卓に深紅の薔薇ほぐれ 楠本 憲吉(*1) 紅ばらの聲なき笑ひ聞きにけり 小澤 文夫(*2) 話題を年末に戻して恐縮。俳人・評論家の楠本憲吉氏(當時五十歳)が盤谷の句會で詠んだ珍しい句を御紹介しておきたい。昭和四十七年、忘年句會も終つた後の歳末に市内のホテルで歡迎句會が開かれ、席題(*3)に「薔薇」が選ばれた。宴席に活けてあつたので、「これで行かう」となつたらしい。薔薇は夏の季語だが、盤谷では何時も咲いてゐる。「季語は土地の感覺で」と誰もが考へた、自然の選擇だつたのだらう。因にこの時の最高點は楠木憲吉氏ではなく、盤谷句會の長老、小澤文夫氏(*4)の掲出句だつた。 *1 ・2 昭和四十七年メナム句會記録より。 *3 句会の席上で出される題。 *4 戦前からタイ在住。昭和五一年歿。 (泰國邦人紙『VOICE MAIL』より) ▼「詩藻樓」表紙へ戻る |