泰俳句事情――常夏の季語    十二


南国に季節のありきとんぼ群る
                                   大口 憧遊(*1)
  蜻蛉は、歴とした秋の季語なり。「常夏の季語」にあらず。されど「夜寒」「時雨」等、秋の季語の多くは、常夏の地にて實感を込めて詠むは至難の業なり。秋、冬の期間は作句に最も苦勞す。故國の句會の兼題
(*1)とあらば、想像と記憶により詠みて送る他なし。
  筆者泰に住みて間もなき平成十六年八月の句會にて「日めくりや秋なき国に秋の立つ」と詠む。正に戸惑ひと苦しまぎれの一句なり。暦の上にては立秋なれど、連日平均氣温三十度の地にて、如何にして秋を感ずべきか。句會當日この「秋なき國」の表現を廻り、泰に秋ありや否やの論爭となり、「秋あり派」「秋なし派」に分る。 かかる經緯ありて翌年九月末、我が家近くにて蜻蛉の群れを見附し時は、新鮮なる感動あり。蜻蛉は、常夏の國にても秋に群る、といふ大發見なり。換言すれば、泰に於て實感を込めて詠み得る數少なき秋の季語の一つなり。 かかる感想は、余の泰に於ける新參生活者なる故にて、メナム句會
(*2)に於ては、古くより故國と同じ秋の季節に、蜻蛉を詠み來る。


不意に來る別れの時や赤とんぼ
                                   嵯峨 春野(*3 )

群れ蜻蛉外務省館裏の庭
                                   山本 良子(*4


*1 句會へ向けて豫め出す季語の題。
*2 泰國日本人會の俳句會。四十余年の歴史を持つ。メナムは「大河」の意。
 *3 泰國日本人會會報二○○三年十一月號。作者は一九九九年より二○○四 年春までタイ在住。
*4同右。作者はメナム句會暦三十五年。

           
(泰國邦人紙『VOICE MAIL』より)
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