泰俳句事情――常夏の季語    十


たんねんにチョンプー積み上げゐる習俗
                                    山本みどり(*1)
  チョンプーは縱二三寸幅一寸ほどの緑色の果實にて淡泊なる甘味の水氣多き味は筆者の好むところ。恰もピラミツドの如く積上げ賣るも泰風物詩の一つなり。作者は「習俗
(ならひ)」と歌ふ。
  泰文化に流るゝ古代印度文明の傳統に詳しきレヌカー・ムシカシントーン氏の好著『タイの花鳥風月』
(*2) によれば、「チョムプー」はサンスクリット語の「ジャムブー」の泰語讀みといふ。「ジャムブーの樹生ゆる大陸」は人間の住む世界なり。「閻浮提(えんぶだい)」なる漢譯にて日本に傳はる。「この廣き閻浮提にただ御一人」といふ文句を歌舞伎にて聞きし覺えあり、とレヌカー氏は書くが、日蓮佛法に於ては今も幾百萬人もの信徒「一閻浮提總與の大御本尊に南無し奉り――」と朝晩唱へゐることは御存じなきや。かく云ふ筆者も、まさかその「閻浮」果物のチョンプーと同じ言葉とは知らざりき。


いとひつゝ時に食ひたくなるカヌン
                                    山本みどり(3*)
  その強烈なる匂ひ鼻につき嫌ふ人も多かるらむか。それにてもなほ時に食ひたくなる、それほどに泰の暮しに馴染みたり――といふ感慨を詠みたるなり。世界最大の果物とも云ひ、賣場に置ける巨大なる緑色の玉には威壓感あり。英語名は「ジャックフルーツ」。但し、その名前にての作句例は見當らず。


*1 山本みどり著『六度目の辰』(二○○○年刊)。著者は 一昨年死去。俳句原文は現代假名遣。
*2 一九八八年、めこん社刊。著者は舊姓・秋山良子(り やうこ)。國際基督教大、都立大、立教大にて人類學、歴 史・地理學を學ぶ。泰國外交官と結婚後、一九七一年以 來泰に在住。「レヌカー歴史の旅」を主宰する傍ら、二○ ○一年より泰國日本人會婦人部長を務む。
*3 泰國日本人會會報『クルンテープ』一九九七年六月號。 俳句原文は現代假名遣。  


           
(泰國邦人紙『VOICE MAIL』より)
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