泰俳句事情――常夏の季語 八 釋迦頭果螺髮の一つ押してみる 長尾 俊郎(*1) 「釋迦頭果(しゃかとうくわ)」 ――釋迦の頭の形せる果實とは、よくぞ名付けたるもの、奈良の大佛の頭を髣髴(ほうふつ) さす。螺髪(らほつ) は、佛像の頭の渦卷形頭髪。その頭の一つをつい押したき衝動を覺ゆ。五月半ばより出回る、この奇妙なる果實、乳白色の果肉は甘く、英名はシュガー・アップル。泰語ノイナーは學名アノナ(annona)の轉なるか。日本にては見かけぬこの果實「蕃茘枝(ばんれいし)」の名にて廣辭苑に記載あるこそ不思議なれ。 冒頭句の作者は俳誌『欅』(高濱虚子の甥・池内たけし昭和七年創刊)にて三十八年。十年前に日本企業駐在員として初來泰、定年後は日本語教師の資格を取りタマサート大學にて教ふ。 朝ぎのマフアン句會に色添へて イスランクール陽子(*2) スターフルーツ稚なき實ながら星型す 山本みどり(*3) 一句目。作者(故人)の自宅にマフアンありしといひ「朝ぎ」に瑞々しき印象強まる。二句目。金太郎飴の如くいづこにて切るも星型となるこの果實の解説の如き面白さ。英語にてはスターフルーツ、泰語マフアン。控へめなる甘さは捨て難きものなるに、市場にて見掛くること少なし。 タマリンド小笊を竝べ朝の市 青木 俊一郎(*4) 籠ごとに賣値違へてマカム賣る 長尾 俊郎(*5) 歐米語はタマリンド、亞細亞各地にて樣々なる言葉にて呼ばれ、泰語はマカム。木の實の甘酸き味は恰好なる間食となり、泰料理の材料ともなる。 今囘紹介せる果實類も、雨季の季語として當地の俳句に詠む。 *1 泰國日本人會會報『クルンテープ』一九九六年八月號。 *2 同九九七年十月號。作者は二○○○年八月死去。 *3 同十月號。作者は二○○四年七月死去。 *4 同一月號。作者は一九九四年より三年間バンコクに赴任、今も前記長尾氏と同じ『欅』に所属。 *5 『第五メナム句集』(日本人會文化部一九九九年刊)。 (泰國邦人紙『VOICE MAIL』より) ▼「詩藻樓」表紙へ戻る |