泰俳句事情――常夏の季語 六 ラムヤイの季節ですねと便りあり 石平厚一郎(*1) 泰に住む季節感を素直に表したる句なり。作者は泰國日本人會の前會長にして、一九七三年に泰博報堂を開設、以來三十數年を泰に暮し、この十年來、日本人會會報『 クルンテープ 』に英文交りの隨筆「Coffee Break」を連載す。 小粒なるラムヤイは、ドリアン、マンゴーより地味なれど、泰にて最も身近なる果物の一なり。暑季(三〜六月)終り頃より出囘り始むるが、八月の泰風物説明の中にて「北方より龍眼(ラムヤイ) の入荷相次ぐ」と記され、泰メナム句會(*2) に於てもこの季節、中國名の「龍眼(中國語にてはロンガン) 」と共に、ラムヤイを季語として詠むこと多し。 もぎ立てのリンチーの枝束にして 大山 けいこ(*3) あちこちに桃色粒の茘枝市 山本 良子(*4) 楊貴妃愛でしといふライチ(またはライチー) は、日本にては中華料理店のデザートとして稀に食することあり。然るに當地暑季に入りて毎朝味はふる幸せ感は、ライチをマンゴーと竝ぶ横綱級に格上げしたき心地す。 このライチは、辭書等にて「茘枝(れいし) に同じ」とある故、話の筋紛糾す。國語辭書によれば「茘枝」に二種あり。一は前記の甘味なるライチーにしてムクロジ科の植物なり。他はウリ科の「蔓茘枝(つるれいし) 」、沖繩にて「ゴーヤー」と呼ばるゝ苦瓜なり。 歳時記の「茘枝」は「今もつて島津はかたき蔓茘枝 布施伊夜子 」の例句示す如く「苦瓜」なり。 メナム句會に於てはライチを茘枝とも詠み來る。されど掲出句三句目の作者は「茘枝」に「ライチ」とルビを振る工夫を凝らす。茘枝は、日本の讀者は苦瓜と思ふ故望ましからずと思へども、辭書にある以上、止むを得ざるものあり。されど少なくともライチは、歳時記の茘枝とは異る泰獨自の季語として明確に位置付くることこそ望ましからめ。 なほライチもラムヤイも「ムクロジ科の常緑高木」ゆゑ、形、味とも似る。殊にライチは近年品種改良進みけるにや、粒大きく美味となりぬ。 *1 泰國日本人會會報『クルンテープ』一九九八年八月號。 *2 日本人會の俳句會。半世紀の歴史あり。 *3 『クルンテープ』二○○五年四月號。作者は一九七七年以來、在泰 通算十餘年。 *4 同二○○○年八月號。作者はメナム句會古參會員。 (泰國邦人紙『VOICE MAIL』より) ▼「詩藻樓」表紙へ戻る |