泰俳句事情――常夏の季語    二


薄暑とて一枚脱ぎて花を撮る  山本 良子(*1)

 昨年五月、メナム句會
(*2) に出されたる句なり。歳時記によれば「薄暑」は夏――それも初夏の季語なり。日本にては正に季節通りの句にして、何の問題もなし。しかし泰に於ては、五月は未だ暑季の只中なり。晝間三十六七度にもなる暑さは「炎暑、酷暑」等の季語に相應しく「初夏」の實感を持つ能はず。
作者は在泰句歴三十五年
(*3)。過去に泰にて邦人の詠める俳句に關する研究(英文)にてチュラーロンコーン大學の修士號を取得、今もチュラー大にて日本語を教へ、四月を中心とする夏休みには毎年、歸國す。引用句は、實は歸國中の「東京メナム句會」(*4)にて詠みしものなり。

 當地の句會員は毎年、日本との間を往来すること多く、余の如く日本の俳句會に毎月投句する者もあり。それ故日本の季節に合せたる季語にて作句することあり、また泰の季節に合ふ季語にて作句することあり、謂はば日泰の季節を「二重に生き」ゐたりと言ふ可きなり。


 
飼犬の欠伸のうつる薄暑かな  憧遊(*5)
 去る五月、日本の俳句會へ送りし格調低き余自身の句なり。夜更けて犬を寢かする前の散歩の體驗そのままにして、晝間の酷暑には程遠けれど未だ結構暑さ殘り、正に「薄暑」の感じなりき。前述の如く泰の季節感は、歳時記の「初夏」とは合はぬものなり。涼季
(*6) 末の二月初旬より三十五度を超す酷暑の訪るゝ泰にては、そもそも「春」「初夏」の實感を持ち難し。さりとて春や初夏の季語にて作句出來ぬといふも切なき話なり。實際には、それぞれに「春らしき感じ」「初夏もどきの感」を工夫して句を作る。季語は緩やかに運用すること、メナム句會に於ける暗默の諒解事項なり。


*1 泰國日本人會報『クルンテープ』昨年五月號。
*2 一九五○(昭和三十五)年に泰國日本人會第一號のクラブとして發足、今は文化部の俳句會として毎月第二土曜日に例會を開く。
*3 前囘引用の故・山本みどりさんと共にメナム句會を支へ來たれる最古參會員。同じ山本姓なれど縁戚關係はなし。
*4 歸國せるメナム句會員により一九九七年に創設。今も毎月、東京周邊にて吟行俳句會を開く。
*5 『クルンテープ』二○○五年五月號。
*6 「寒季」「乾季」の呼び方あれど、メナム句會にては、實感に近く「涼季」と呼ぶ。。


           
(泰國邦人紙『VOICE MAIL』より)


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