泰俳句事情――常夏の季語    一


夢のいろ充ち充つゴールデンシャワー路(*1)



 この句の季語は「ゴールデンシャワー」なり。されど市販の歳時記、季寄せには記載なし
(*2) 。こは泰國の國花(*3)にして、三月に咲き初め、四月に見頃となる。泰國の「メナム句會(*4)」にては、古くより暑季(三〜五月)の季語として俳句に詠みこまる。「御當地季語」を代表せる語の一つなり。メナム句會を長年支へきたりし作者の山本みどり氏は、ゴールデンシャワーを愛し、幾つもの句を殘せるも、この句を詠みて二月後に急逝せらる。次の句もその一つなり。


 
金雨花やまだ退院の報聞かず(*5)


 ゴールデンシャワーは、その鮮やかなる黄色を「金色の雨」と表現したる英語なるも、そを直訳せる「金雨花
(きんうか)」も、メナム句會にて愛用さる。同樣の「御當地季語」には、泰の植物、泰獨特の行事多く含まる。
 動植物としてはマンゴー、タイ櫻、火焔樹、マンゴスチン、ルックゴー、ドリアン、プルメリア、チンチョク、ウンアンなど。
 行事には中國正月、清明節、ソンクラーン(泰正月)、入り安居
(あんご)、安居明け、ローイカトン(燈籠流し)等なり。
 これらは泰の各季節を代表する事物にして、歳時記に記載なき故をもつて季語と認めざれば、これらを詠みし俳句は「無季俳句」となるなり。さりとて「春暑し夢のいろ充つゴールデンデンシャワー路」の如く別の季語を入るれば、當地にては「季重ね」の感免れず。海外にては既に「ハワイ歳時記」「マニラ歳時記」ありと聞く。メナム句會にても「泰歳時記」の發行を目指しをる所以なり。
 かかる「御當地季語」による作句例を、折に觸れ紹介せむとす。



 
筆者は昨年四月より泰在住。俳句歴は『春燈俳句會』(*6)七年半なるも、季節感薄き土地にて俳句は可能なりやの疑問を抱きつつ來泰せり。しかるに案に相違して日本人會に俳句會あり、常夏の地にて傳統の燈をともし續くるを知りて感動、入會せり。在外邦人にかかる活動の續く限り、日本文化は捨てたるものに非ずと意を強うせり。



*1 泰國日本人會報『クルンテープ』二○○四年五月號。
*2 印度原産のゴールデンシャワーは一九三三年沖繩に輸入され、和名を「なんばんさいかち」といふ。歳時記には、同じ豆科の「さいかち」を秋の季語として記載せるも全く別物なり。
*3 泰語にてラーチャプルック、「王の樹」の意味といふ。
*4 戰中・戰後にかけ泰駐留の軍人軍屬間に俳句を作る者あり。その中の一人を中心に昭和三十五年「メナム句會」発足す。毎月第二土曜日、日本人會館にて月例句會を開く。
*5 辰年のみどり氏は二○○○年、七二歳を記念して俳句とエッセー、自分史等をまとめ『六度目の辰』を出版。その中の一句なり。
*6 昭和二十一年、久保田萬太郎を中心に創設。


           
(泰國邦人紙『VOICE MAIL』より)


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