梅院の譜 ━ 萩野貞樹


 梅院暖けく歴亂飄へり、狂香遍滿して枕席に燻る。三春にして陽暉地に滿ちC水盈盈たり。嫩葉將に蓁蓁たらんとして春氣闌けたり。季は遶つて漸くにして駘蕩、節は遷つて煙景墟里を裹めり。
 惰眠覺えざりき曉天の霹靂をはらみたるを。嗚呼慮らざりき君獨り輕雲に駕つて虹に奔り、羅裙を飜して中天に駈けんとは。紅梅旺んなるに及んで君が辭を聞けば、散るに及んで花瓣一々萬斛の怨を載せ、芳香四時綿綿の嗟きを運ぶ。
 寢られざる苦し、況んや檐前の櫻花漸くに綻び、燦爛たりて然る後落花紛々たるを待つに於てをや。君が人と爲り香遠くしてu々Cく亭亭として淨く植ち、然して遠觀すべくして褻翫すべからざるなり。君の花たるや白蓮、蓮の高雅を得たりと雖も豐潤にして孤ならず、C漣に濯はれて而も豐艶なりと雖も妖ならず。君の樹たるや楊柳、として風に隨ふが如く優にして而も溺たらず。
 嗟嗟已んぬる哉、再嘆す君が辭、霹靂の厚壤一時に崩すを。春三月無味にして楊花曉風に惹かる。行く莫れ流水の岸、君見ずや殘紅の片々たらんを。
 柳色徒らに、江流徒らに滿滿、首を低れて君を送ればために顏色の憔悴を避くる能はず。然りと雖も知れかし、汀上に落泗の一孤影あつて旦日君を去つて曖たり、皓月君を去つて昧たる見るのみなるを。
 噫、如何ぞ散ぜん寒風斷燈の嘆、如何ぞ散ぜん離別の情、方に離を惜しむに但だ觴有るのみ。風牛域を異にすと言ふと雖も天文月兎尚し光を同じうす。人を思へば雲間の影となつて夜夜相隨ひて遠クに至らん。客路芳草多しと雖も王孫が不歸の情を學ぶこと莫れ。盡きず萬疊の情、累々の千路踰ゆるに文章を以てせんとすれども重厚彪炳ともに缺く。せめて帛素を雙飛に寄せめば一別心に期つてくも忘ぜず、音書々寄せよ往來を看む。冀はくは甘滋芳潤吾が離情に灑ぐべし。



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