第 五 幕 (ト)白馬に乗れる公女の姿、遠見に赤壁の宮殿、霧の中に浮かび、次第に明かり行く。 公女 「朝やけを吾は走れり。鞭を揮ひて馭者は急げり。」 義太夫 若き兵士の鋭き聲。 常盤津 天宙を翔び、輕やかに、 幾よもと 朝霧深く響きけり。 義太夫 詠ひゆく、深き思策の狩りの軍、 常盤津 つるぎ光らせ馳しり飛ぶ。 幾よもと 麗はしき王の高き聲、 義太夫 毅然と貴く、 常盤津 風を切り、 幾よもと 朝のしじまを 三方 晴らしけり。 義太夫 霧の奥なる白壁の、やうやう街並みあらはれて、次第に、朝陽に、色褪めて、 常盤津 城と一ツになりにけり。 長唄 あふれる涙は如何なるにや。 (ト)懐かしき騎士の太鼓の響きに聴き入りながら 公女 「赤壁の城、霧の夜明け、グラナダに浮かぶ城よ。高嶺より來る命の泉、花の園に詩は響きけり、花の下歌は生まれたり。」 義太夫 平安の歌は響きて石榴(ざくろ)の重く垂れたる畑の路、無花果(いちじく)は、花咲かずとも眞實の實を成らせたり。 三方 眞のみのり、稔りの秋。安幾、彩付きて展がれり。 義太夫 赤壁の城、霧の夜明け、グラナダに、浮かぶ城。 公女 「訪ひ來りて、かの水音のたぎつ瀬の流れの律に從ひて、覺えず心の動きたれば、ひととき妙なる秋の一季の學びの宴に觸れにけり。」 義太夫 凛然として愛深き、尊き王への信仰は、聖母マリアに涙して祈る心に違はむや。慈しみの天性は語りつがれ、西班牙の世に託さる、こころ、かたち平穏の永久の精神(こころ)の形象(かたち)なり。雪花石膏(アラバスター)の遠き城、涙に流す追想は、胸裏に深く、あつかりき。 朝やけを歌は走れり。鞭を揮ひて馭者は急げり、河邊の街トレドの丘へ。贈られし精鋭双騎に守られて、馬車は馳す。 幾よもと 風に乘り琴を鳴らし、銀の翼を光らせて夢の際、あさくなぞれる詩の律と、 義太夫 白日の、聖き現實たるまぼろしは、 常盤津 彼方の空に霞みけり。 三方 彼方の空に消えにけり。 (ト)公女等の駆せゆく列は、空を翔ける様にて 次第にかき消え、失せゆく) (ト)三味線と尺八 単音 サハリ むら息 @ @(ポツン〜。強く低くポツン〜。低く高音) A A( 全体に少し弱く) B B( ) C C( ) D D( 微弱音 ) E E( サハリ むら息 サハリ ) F F( 極弱く ) G G( 余韻のみ ) しめやかに樂(三味)が入り、微音より次第ににぎやかになりて國王舞臺の中央に。 王、観客の正面まつすぐに立ち、わづかづつ見榮の形に近づき、この時、向かふの揚幕より公女現れ、静かにひつそりと中央なる王の傍らに立つ。二人、本舞臺を金色に飾り付けたる如き、繪の様なる眞の形の景をなして立つ。芒々たる廣がりの彩にはあれど、永遠に響き合ふ心の形象をなす。美しく愛しく大革、小鼓、笛、もろもろ。力強き尺八の音色、思ひ入れて、拍手の中を。 幕 |