第三幕 第一場 王の間の段 一宮殿は早や薄暗となる 二豪麗なる室内の調度、照明に時々光る 宝石のはめ込まれた王座が段上に置かれる。 御役 城主なる王。 公女。 大臣。(二名) 音樂長。 樂士。 近從。 老兵。 總督。 仕女。 老仕女。 門衛。(二名) 内膳の長。 給士。 さらに宮殿、宵の光に包まるるが、音曲、麗しく舞臺を温む。キラキラと輝くは、金、銀、ルビー、ラピスラズリ、等、近從給士等が持ち運びくる蝋燭の光に映え耀く。 王の椅子、金、銀、玉の刺繍せられ、縁どりは濃緑に布地は水色。着飾れる人々、王を待ちて照明の外にゐる。傍らのテーブルには燦めけるワイングラスや藥茶の道具、香水の瓶、果物等豪麗にしつらへらる。壁面は美しき白紋樣。 列柱の陰に立つは近從。遠くの柱よりのぞけるは門衛達。大理石の太柱の前に老臣、盤石と立つ。 第一場 長唄 水の吐息も輕妙に、東西文化のエレメント、白大理石をいとほしめば、 義太夫 異國の學徒、王子らも敬恭に宙へ向かひてうたひけり。殿堂は、名譽と 榮光に輝けり。 (ト)白大理石の柱の前に、着飾りたる大臣、立ち大仰に手を廣げ咏ふ。 大臣(一)「優雅にてさらに品性高き王城の主。鷲の羽根廣げたるが如き天蓋の下、 悠容と座せるは我が王也。瀟洒なる細工に寶石を付したる王座なり。」 (ト)大臣、豊かにはずみをり。 大臣(二)「禮節、學識、徳に優る吾が王者、古へよりの心の文化引繼ぎて、さらに異國の學士交ふれば、東西文化も稔りを滿し、世界に向けたるまなざしの、真摯、丁重にして、平和を希う治の心、寛くして賢なり。 義太夫 殿内に、安寧の色ひろごりて 大臣(三)「善政は、内外に慕はれし王也。」 (ト)高く手をかかぐ。 義太夫 ネバダの神の雪解けの、水晶のごと池の水。黄金の麗しきラムプ、水面に映しつつ、異邦王女の影をも容るる。 (ト)公女、正面へ向き、次第に、 公女 「天空に生まれしグラナダの水、豊かなる噴水。離宮の樹々の、黄金の梢の栃の葉に想ひは通じ、赤壁の城門を入りてより、よろこびのあまりてあれば、追憶の、遠き幻重ねらる。花の野の匂ひも淡く芳しき岡に見守れる面影と母の遺愛の銀の琴。 義太夫 現つの音を奏でけり。 音もなく樹の葉揺るるや、揺籃に揺られしごとくあまたなる白き柱を教へつつ、幻夢のうちに弦をつまびく。 (ト)公女へは美しくも細き幾よもとの音色。 幾よもと 石を拓きし中庭の風雅のひびきアルハムブラ。華やかに噴きくる水も、異郷の曲に、踊りて合はせをり。 義太夫 律呂のしらべ情緒に滿てり、宮殿のベニスグラスにシャルバトは寶玉のごと きらめける。 (ト)柱のかげより音樂長、公女の方に手をさしあげ、涙聲にて 音樂長 「吾、永き時を過ぎ来しも、かくばかり心を揺らす樂の響は未だし。はじらひて野の花のごと、幽かにあれど強かりき。純愛の乙女の心聞こえ來たりつ。」 樂士 「見よ白髪の音樂長、かつての愛に涙ぐみけり。」 (ト)舞臺少し暗く、柱の陰の兵を映し出す。 義太夫 夜の宴の、彈み高まりゆくに、碧く冷たき夜の空。 (ト)尺八のひくく幽けき音、静まれる中より次第に強く。柱の陰の近從の聲、ここばかりは、ひとしきりひそめられて。 近從 「上弦の月、夜光鳥、要塞のトレドの空は暗からむ。クア川に土壁の續く古き道。オレンジ實る街の樹を荒らす怪鳥ありと聞く。國の亡びの御兆なり。異教徒により城は落ちたり。トレドへは峡谷を越えて行くものを山道とは。怨恨の民の永遠なる心の炎、嶺にありて仰ぎ見る稜々たる山、岸壁の岸に殘れる怨嗟の響き、草木の今にも震へん、我も懼れん。」 義太夫 肌を冷やす風の過ぐ。城兵の夜話に息も絶えんと琴の女の。 幾よもと トレドへは恐れも知らず送られて、胸おどらせて向へるを。 常磐津 母のロザレオ胸に守り、明けぬれば發ちて別れむ。 (ト)柱の陰の門衛等の更に聲ひそめ。 門衛 「言葉もちがひ、陰もある。吾れ、さるとき鳥語を聞きしより、音を降らせる妖女を知る。眠りを誘ふ不思議、門の要所を守れる兵も知るべき事なり。」 門衛一 「かの美女の何を想ふや、正體不明にて怪しかりけり。」 門衛二 「姿を池に映しゐて、見入られたる敵の城將の娘。」 (ト)この時仕女きつぱりと、 仕女 「大理石に彫られたる女王の如く氣品高く、髪に洩したる緋ジャスミン、かけし羅絹の朧色。」 (ト)少し皮肉に、 老仕女 「白き萎えたる手をかざし、淡き紋様の打ち掛けの、馬衣の下の寶石のごとき魔力の輝き。」 老兵 「きらめき弾む夜の音色。」 老仕女「かの黒き瞳の、幾重もの魅惑。」 (ト)柱の前の重臣、 總督「世界制霸の國王は、強き意志を受けつぎ持てり。許せぬは攻めくる異教徒。牛を放牧したる大丘陵、オリブの畑押し分けて、鬪ひの火の手は止めたり。誇り高きグラナダの王、權威に滿ち正義を行ひて凱旋の歌響かせたるを。」 義太夫 半ばを云ひ、殘りは飮み込み祕したる重臣の姿、黒きタブレットの細き腰、刺繍の靴の音、腰の劍、嚴しくこそ見えたれ。 (ト)總督首を少し振る。 (ト)門衞少し腹を立て、 門衞「いかに、いかに美しき公女なりとて敵は敵なり。」 |