第二幕 西班牙古城の庭の段 一 城中、イスラム城の典雅なる白大理石の柱の、午後の陽を燦々と浴びる中、丸き大理 石の噴水も見ゆ。歯朶や緑草の配置麗し。 二 楽曲に身を任ぬるごとき公女、乙女らしき緊張と安堵とを表に現はし、景色を眺めつ つ一人歩む。その前に王の集団、城中の警護を行ひつつ、狐狩りの所作あり。公女のいささか寒げなるジェスチュアに、王、咄嗟の間に歩みより、己が肩にかけたる布を自ら公女にかけ、奥の殿中に消えゆく。調べあくまで細やかに。 御役 城主の王。 従者六名。 公女。 小姓。 (ト)公女右手より、おもむろに中庭を歩み、美しき柱を目で追ふ。 公女 「王宮の、イスラム世界の中庭の、広きをゆけば樹々も香る、午後の日差しのやはらかき。高き塔を仰ぎ進めば、點景に蹲るごと、棕櫚の樹々。白大理石の静寂は、古代ローマへさかのぼり、遥けき時を教へ來る。瀟洒なる細き列柱は、ギリシャの古へ語りゐて、思索の深き表現あり。圓柱に、夕刻の赤き光の刻々と、影を作りて移りゆく。舊きオリエントの氣配あり。翳に満ちたる回廊壁の、精緻なるアラベスク文様、浮き彫りの白き格子は、繊細にしてうるはしければ、造作は人の心を完くし、美はすなはち愛なりと、育くみ來たるものなるか。」 常盤津 中庭の、蓮華の台に湧く泉、微細なる歯朶の文様に、さざめきかかれり。秋空澄みて高かりし。 公女 「母の眠れる花の丘。新たに生まれしこの記憶。喜びの泉に見入りたれば、新しき意識も湧けり。水音の詩章も讀めり。石柱も、静けき心を教へくる。淡く温かなる岩の彩、モザイク模様の石敷の、鏡の如く磨かれて、幻想のいはれつくるや天井の、懸垂飾りの流麗は、異邦の室の万華鏡。」 義太夫 麗美の世界ひろげし廊をぬけ、清かなる噴水の、 長唄 水音は、永久に微笑める、女神の如く、四方にきらめく。 義太夫 雪花石なる彫像の、床しき夢を結ぶが如し。公女 「峡谷を流れ来たれる水の音、ブエラングに佇み眺むれば、城の中よりかそけくも、ひとしきり高くうたへり、流麗に囃子も微音ひびかせて。」 (ト)王、雄偉なる英姿を輝かせ、従者は咏う。 義太夫 サラセンの、敷かれし碧きアススラヒ(タイル)、青き軍服綬を下げて、勲章の瑞気光らせつ、廣きパテイオに光り立ち、精鋭なる從者に守られて 長唄 品性高き口元に、稔りの歌を詠ひける。 (ト)オレンジのスポット。男女とも性別ちがたき小姓。 小姓 「樂奏の愛の謳、オレンジ、シトロン、ジャスミンの、芳香木の繁りゐて、逸楽の甘きかほり。秘めたる吐息のかくせる想ひ。我が麗しの王。常なるこの城の日々。」 (ト)公女、歩きては立ち止まり、そしてまた歩く。 義太夫 宮城は登りゆく程、はるかなる銀嶺越えて吹き来たる 公女 「風の冷たきを。」 (ト)王の列が歌を合唱しつつ、王女の傍らを通り過ぐ。 公女 「宮城を登り来たれば、はるかなる銀嶺越えて吹き来たる、冷たかる風」 (ト)公女、王の列の去りゆく方へ手をかざし、 公女 「寒さにすぼまり竦くみいる、こごえし背にケープをこそ。」 幾よもと 覆ひ来たれば、魂の失せゆく時の甦る心地こそすれ。嘆きつつ仰げば。 公女 「み顔うるはしくして。」 幾よもと うたひ給ひし詩は、宮殿のみ園たたへたり。 (ト)公女情感に耐へず。 公女 「優雅なるかな、騎士道の品性保つ魅惑のご資質。」 (休憩) |