御役 敗将の公女。 アルハムブラ宮殿の王。 王の従者。(五名) 小公女の従者。(三名) 白髪尉。 取者 馬。犬。猫。 (ト)のしのし花の〜と息継ぎ能曲に模したる所作にて。 下座、笛の一聲。 公女 「野の花の」 常盤津 歡び咲ける草の丘、明るき午後の擴がりに故郷の丘を偲び たり。亡き父王の砦の城。 (ト)馬と共に上手より登場し彫像の前に、 常盤津 径をゆけば、褐色の並木の秋葉降り敷きて 公女 「新しき、白大理石の彫像の口より噴ける眞清水は、水晶のご と迸る。」 (ト)下座より清らかな水音大きくなる。 常盤津 白壁の片邊の、淡き日溜まりに、 公女 「馬車を止め、吾は憩へり。急坂を登り来たりて嘶きし馬、疲れ に目を閉ざし、息を休めり。」 (ト)水音と笛も入る。 常盤津 青空に高く聳えし、白嶺はネバダの山脈の王冠たり。神秘の 潔き頂に、夕雲白く漂へり。 秋の日の午後は短く、梢の鳥も巣に帰り、草蔭に虫も鳴き初む。 幾重かさなる敷葉のしとね、木洩日に黄彩を滿しゆく。渡り来る風も爽やか、あたりを浄む。 公女 「林の路の静けきに、今宵の宿を惠まれんことを願へり。」 常盤津 静けきに。 (ト)兵隊の聲規則的に遠方より聞こゆ。 常盤津 アルバイシンの山の並み、グラナダの街見入りてあれば。 (ト)兵隊の聲次第に高く。 兵の聲 「見回り」「右よし」「見回り」「左よし」何度もくり返さるるその聲、次第に遠のく。 ト再びもとの静けさの中、王女品格よきたたずまひ。しばらくして、 公女 「いずくよりか青き目の猫。毛並み良き、犬も来たれば。」 (ト)犬と猫の名を呼びながら若者現る。口笛を止め整立す。 埃及人 「これは、如何なる御人なりや。」 公女 「吾れは、海邊の丘を出で、トレドへ向ふ旅人、トレドの聖堂につかへし伯母を見舞ふ也。」 埃及人 「この城に、如何なる御用ありと申さるるか。」 公女 「吾れ、幼きよりモ−ロの砦に親しみて、この城の幻のごと黄葉の美しきに魅入らるれば、ここに休むなり。今宵、この宮殿にて琴の演奏の許されむ事を希ふなり。」 埃及人 「ここは、榮ある宮城なれば、許しはあるまじ。我は、埃及よりの学徒なれど、留學途上の身なれば、力になれず。心痛めど、許せ旅人。なぐさめに歌をうたはん。」 (ト)埃及人の濡聲次第にゆたかな歌聲に。 公女 「亜府利加の、歌のしらべと詩の律の、のびやかにして胸にしむ。砂漠の記憶か、御詞のいろに、眞のあれば胸に響きて聞きいりぬ。」 (ト)埃及人の延々と續く歌聲は、下座と共に次第に高まる。この時、一聲笛が強く入り、凛々しき國王の列。騎士從へて凱旋の如く歸城する。 王 「これは如何なる遊子なるや。」 埃及人 「トレドへの旅人と申されまする。」 (ト)埃及人の聲澄みてあれば、王そちらへ向き 王 「トレドへは、何の用ありてか。」 埃及人 「聖堂の叔母君を見舞ふと申され、この城に一夜の宿りと琴演奏とを乞はれて居りまする。」 騎士A 「異教徒なり。」 騎士B 「入ることならじ。」 騎士C 「王の城、犯してならじ断るべし。」 近衛卿 「まづは、引きとり願はふ。」 常盤津 ゝ近衛卿の白き顔。グラナダの地を死守したる聖き戰ののちなれば、從者等の頬かすかに蒼む。秋の彩る王城の叙情にひたるかの時は、かくも空しき展開に、安けき光かき消えて、樹々も生氣を失ひぬ。 並ぶ白堊の石柱も兵の気勢に潰れむばかり。寄りたる栃の大木も幽けくも黄落を満しゆく。 常盤津 國王、手網もかろやかに、騎馬整えて、そばだてり。威厳の黒き長き髭、旅人に向け凛然と 王 「いや、許せ。早朝に発つと異邦の詩人。白き額のけがれ無き。」 (ト)國王おだやかに 王(曲)「腕にまきしは銀の琴。 床しきいはれを語りをれば、こよいの宴に、異教徒の、 乙女のバラッド聞かまほし。いざ、吟遊詩人の旅人の麗し即意の楽奏を、鑑賞せん。」 (ト)王と従者、整列を正し、裁きの門より城中に入る。公女、懷深く琴を抱き優雅に従ひつつ 公女(曲)「宝剣の飾り刺繍の精密の麗しき御姿、優雅のたたずまひ。 華やかなれど、見識深き後ろ姿の静けさ。吾と吾が馬車に、早朝までの宿りを許されし、あの吹き矢の如き高き御聲。」 ▼「詩藻樓」表紙へ戻る |