逆旅舎>泰通信 第三十八號
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泰通信 (第三十八號)


  平成二十一年四月  大口 堂遊(憧遊改め)


非常事態≠ニ水掛け祭


 擴聲器より流るゝロック音樂に乘り、鋪道の娘ら踊りつつ、通る車に水鐵砲にて放水=Aタクシーもバイクもずぶ濡れとなる。「ソンテオ」と呼ぶ小型バス乘客もずぶ濡れ、ソンテオより水鐵砲の反撃≠りて鋪道の娘等もずぶ濡れ。音樂と歡聲……如何にも平和なる「泰正月」風景なり。

 三十六七度の氣温の下、四月十三〜十五日の泰正月水掛け祭り=\―盤谷都心を外れたる我が家近くのバス道路の夕景なれど、政府發令の「非常事態宣言」二日目の出來事なりき。「五名以上の集會禁止」にて會合延期する日本人もあるに、泰人等は一向に氣にする風なし。「これぞ泰なり」と今更に實感せり。

 タクシン元首相派のデモ隊による東南亞細亞諸國聯合(ASEAN)會議の流會(四月十一日)、「非常事態宣言」(同十二日)、治安部隊によるデモ隊實力排除(同十三日)……と一連の迷走≠ヘ日本に於ても大きく報道せる模樣なれど、泰に住む者としては、報道機關の過剩反應≠フ印象を拭へず。

 市民生活も繁華街の賑ひも空港の樣子も變りなきに「泰は危ふし」の印象のみ廣がり、外務省の渡航注意情報≠ノより旅行客は激減、一説には、今囘のデモ騷動による旅行業界の損失は三千億圓也といふ。泰の通≠ネらば、今こそ泰旅行の好機なり。ホテルは閑散、値引ありて、危險は皆無なり。

 二○○六年秋のクーデター以降、報道と現地住民感覺との間の乖離大なるを痛感す。報道は極めて特殊なる部分のみを傳へ、外國の視聽者には、その國の一般現象であるかの如き印象を與ふ。

 反政府派群衆を治安部隊催涙彈用ゐて排除せる十分間ほどの緊迫場面は、現場に居合はさざりし市民にとりてはテレビ畫面の中の出來事≠ノ過ぎず。

 昨年夏以降タクシン派政權を搖さぶりし黄シャツ集團=A今囘のタクシン派赤シャツ¥W團、時に數千、數萬人の動員力を示すも、大半は二三千圓の日當にて驅り出したるものなり。しかもデモは原則として河沿ひの政府建物周邊に限る。市民は、その場所に近づかぬ限り關りなき出來事なり。假に東京の晴海埠頭に政府建物ありとせば、銀座も上野も、まして澁谷、新宿の賑ひも常なるが如し。

 先のクーデター、今囘のASEAN流會、孰れも市民生活に何の影響もなきに、日本の大新聞一面最上段にて報ずるを余甚だ疑問に思ふなり。

 泰のクーデターは戰後二十囘以上繰り返す。いづれも流血を伴はず。泰政治の觀察者、樋泉克夫愛知縣立大教授によれば政權交代の儀式≠ノ過ぎず。 ASEAN流會に至りては昨年秋、タクシン派政權の企畫せる同會議を黄シャツ集團≠フ空港占據が流會に至らしめ、今囘は赤シャツ≠ェ返禮せしものにて、大衆とは無縁の爭ひなり。

 泰の政治は西歐型民主主義に馴染まず、今後も迷走√狽ュらむ。されど國民にとりては、日本と同樣、世界不況の克服こそ遙に重要の課題なるらめ。


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