逆旅舎>泰通信 第三十三號
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泰通信 (第三十三號)


         平成二十年四月  大口 憧遊


バーラミー


 泰の乘物に於ける「敬老」につき、本通信に記したることあり。最近、この「敬老」につき新たなる驚きを經驗せり。

 盤谷の市バスは原油高を反映、料金ぢりぢりと上る。去年五月、八バーツ(約二八圓――それにしても尚低廉なり)の市バス、幾度目の値上なるか半バーツ上昇せり。五十サタンなる小さき硬貨必要となる。半バーツとはいぢまし。果して僅かひと月にて八バーツに戻り、現在もそのままなり。

 その半年近く後、余が市バス停留所まで屡々乘る「ソンテオ」なる極小バスも、實は同じく五月に半バーツ値上げせし事を知る。こちらは値上げを撤囘せず、六・五バーツのままなることを、偶々乘り合はせし知人の日本女性の指摘により知る。車體に六・五バーツと張出しあるを氣付かざるやと。

 余は氣付かざるまま半年近く、毎度六バーツのみ支拂ふ。にも拘らず、ソンテオの運轉手より注意、催促等を受けしこと一度もなし。こは如何なる故にや。外國人ゆゑ致し方なしとは思ふらむと愚妻は言ふ。これも泰人特有のおほらかさ、いい加減さの一例なるか。

 しかるに最近、泰に長く住む日本人女性に話せしところ、そはバーラミーなりと言ふ。バーラミーは佛教用語にて「徳」なり。この國にて最も徳を多く持つは國王、次いで高僧なり。よもや余がかかる有徳の士に見ゆる筈なけれど、「高齡の外國人」として「有徳の尊敬すべき人」と見ゆるならむといふ。かかる人に對し、一バーツそこらの金を要求し得る泰人はなし、と彼の女性は言ひき。泰人の「目上」に對する心の在り方につき、深く考ふるべき出來事なりき。

 さるにても先頃、盤谷の地下鐵に老人割引あるを知る。自動販賣機にて專用の樹脂硬貨を購入するが常なるに、小錢の持ち合せなく窓口に行きけるに「五十歳以上なるらむ。半額なり」と。以來、窓口にて行先を言ひ「七十歳以上」と言はば頷きて半額にて樹脂硬貨を渡す(地下鐵職員は、この程度の英語は解す)。余の高齡なるは一見して判るべけれども、身分證明など要求せぬは、やはり泰風なるらむか。


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