愛甲次郎◆紀行八ヶ岳合宿
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『紀行八ヶ岳合宿』(平成二十二年三月四月) 愛甲次郎


  第一回


 覺悟はせるものの早朝の東横線の滿員電車まこと堪へ難し。漸く山手線に乘換へ新宿驛の中央本線のホームに著けば未だ他の面々の姿は見えず。やがて石井氏現れその後顏ぶれも揃ひて九時發特急あずさ九號に乘込む。八王子にて仲君乘車余の隣席につく。天氣豫報によれば曇天なるも晝までは降雨なき由。仲君相手に意識状態と宇宙觀察に用ゐらるる電磁波スペクトルの類比を論ずるうちに早くも列車は小淵澤に著けり。昨年聚仙庵土曜グループに合宿の案浮上し、元パイロット社社長石井氏の好意により同社の小淵澤山莊にての合宿實現の運びとなる。
ジャンボタクシーと稱するマイクロバスに乘り、總勢七名、先づは近くの清春きよはる白樺美術館に向ふ。山莊の記帳時間三時以降なればなり。同美術館は白樺派、梅原龍三郎縁りの美術館にして先年氣功教室にて合宿せる新宿區の宿泊施設に隣接す。到著後直ちに食堂にて晝飯を認め、別棟の美術館本館に渡る。ダウンのジャケツを著せるもなほ寒さを覺ゆ。入りて最初の部屋に「白樺」の全てのバックナンバーの展示あり。同人雜誌としてかくも長期間原稿の盡きざりしに驚嘆す。次にルオーのコレクションあり。慄へを覺ゆるほどの強き氣を感じ、暫し身動ぎもならず。特に強きは「十字架の道」及び「聖顏」の二幅に感ぜり。ルオーの繪に壓倒せられたる後、梅原などの繪には最早興を催すことなし。美術館を見終へて裏の梅原のアトリエ、ルオー訪問記念の教會堂等を訪ひ、再び食堂に戻りて珈琲を啜りて暖を取り、その後山莊に向ふ。
山莊は明く近代的なる施設にして快適この上なし。各人一室を占有するを得て贅澤の極みなり。到著後ほどなく氷雨降り來たりやがて雪に變る。降り足強まり風を得て斜めに篠の如く、見る見る芝生は白き褥に覆れたり。四時より和室に集合、二時間瞑想に挑戰す。思ひがけず一時間半を越えたる邊りより足痛むこと頻り。半ばは脱落と豫想せしに全員無事終了、自室に戻りて休息す。六時より食堂にて夕食、大ホテルも顏負けの豪華版なり。慾を抑へて箸をつくるは半分と限れども、遂に最後のすき燒きは全てこれを平らげぬ。
八時より再び和室に集り、余講話を爲す。話題は列車にて仲君に語りしと同じく瞑想の意識状態に關してなり。世人は覺醒時の意識状態は唯一つとなす。されど實は他の状態も複數可能にして變性意識状態と呼び瞑想によりてこれに導くことを得。ここに異なる意識状態においては通常認識すべからざる事を知るに至る。その状況は宛も可視光スペクトルの外なる電磁波によりて通常は觀察すること能はざる宇宙を見ることを得るに似たり。余これを示す畫像を持參せむと思ひしに遂に失念せるは慙愧の至りなり。ブッダをはじめ太古の聖賢は變性意識状態において常人の窺ふべからざる世界を知り給ふ。この状態に至るべく將に瞑想の技術を磨くべし。
酒も入りいみじく疲勞覺えければ風呂にも入らず直ちに就寢す。夜半暑さを覺えて目覺むるも室温を調節する能はず、夜具を剥ぎて再び眠りに就く。



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