安東路翠 夔ノ神(一)
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ノ神(一)』  平成二十二年一月二十六日  安東路翠


 朝陽 富士の高嶺を茜に染めたり
白峯三山赤石山脈秩父山系四方にしづめなす連山の白嶺の輝き金色になりて何時しか御室山浮かび上りたり
甲府盆地は山の邊よりやうやうに笛吹川 釜無川の邊に至るまで朝陽射し入り 初春の喜びを溢れさせ始む
燦然たる輝きの中 悠久の歴史をはらみ 御室山の麓も照り映えゆきにけり


こが御室山の麓に山梨岡神社あり
ここに ノ神 とて不思議なる神像潛み給ふ
山梨縣立博物館に本日その神が 白日の下 出品展示せらると聞き 急ぎ向かひけリ


とは『山海經せんがいきやう』(戰國〜秦代)に
「東海中に在りてその體 蒼く角無き牛の如し、一本足なりて日月の輝き發光し その聲 雷の如し」と記す
『説文』にては「貧獸なり母憬なり 龍の如くして一足 角手あり 人面の形に象る」とあり『神獸の形となせり』(白川靜)


山梨岡神社の夔神につきては『峽井紀行』(荻生徂徠)に「これぞ 山の怪とてなる祖靈ならむ」とぞ 御覽じありて 申されける
山梨岡神社は延喜式神名帳に「甲斐の國の官社二十社のうちの一なり」とあり
『夔神來由記』(山梨岡神社 御由緒調査書)にては
寛政年間に夔神の眞影を木版に寫し靈驗など記したる事傳へたり
そが 御神體圖は身は緑青に口は赤かがちの如く 角無く 一足なりて觀ずるに
等身大のこれが圖は半切の半分の紙に充分に描かれたる大きさにてあり給ふ


なぜ かの如き異形のみすがたかと尋ねゆくに「昔 白髭童子なる山男あり そが一本足のみあと今にのこれり 神祠をつくること夢に願ひ 約しける」(靜岡縣 イワタ郡佐久間町傳承)『日本の石佛』
「古來神主は世俗に無き神聖を得る爲植物で目をつぶし片目となす」(柳田國男)
「首切り」(村の境の呪)では片足半分のわらぢを祠に奉納せし信仰あり
民間に山の怪 山の神の片足結ぶ信仰ありけり(雪中の片足跡)などともありて 賽の神庚申の神道祖神にも似給ふ
「夔 神 獸のごと その怪異 神なるや」
と人々問ひけるに早や清げにして廣大なる庭にかこまれたる館に著きにけり


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